クローンこびと

作:大木奈子

「ねえ、ねえ、澄香。あの人、超イケメンじゃない?」
 澄香にだけ聞こえるような小声で翔子が話しかける
「また、翔子ったら、そればっかり。」
 呆れたように澄香が答える。
「何言ってるのよ。女子大なんて狭い世界にいると、男の子と知り合う機会なんてめったにないんだから、せっかくの男との出会いを大切にしないと。そうだ、あとで麻紀さんに彼の名前を聞いてみようよ。」
 気に入った男に夢中になった翔子を止めるのは、容易ではない。

 風祭澄香と前島翔子の2人は、澄香のいとこの麻紀が勤める研究所に来ていた。そこで2人の応対をしてくれたのが、翔子の言う「イケメン」の研究員だった。
「だって、研究所よ。こんなすごい所、そう簡単には入れないでしょ。しかも、美形とくれば、絶対玉の輿よ。」
 翔子が目を輝かせながら、熱く想いを語る。応接室に案内されて、2人きりになったので、自然と声のトーンが上がる。
「まあ、たしかに玉の輿かもね。あたしも狙ってみようかな。」
 翔子につられて、澄香も乗り気になってきた。
「だめよ、澄香。あたしが先に目をつけたんだから。」
「はい、はい。」
「それにしても、いいなあ。研究所勤務だと、男の人ばかりだから、好きな人選べるじゃない。うらやましいな、麻紀さん。」
「何がうらやましいの?」
 タイミング良くドアを開けて入ってきたのは、澄香のいとこの麻紀だった。

 麻紀はこの研究所の主任研究員。澄香や翔子より10歳年上の29歳である。麻紀は、澄香が持っている人間を100分の1に縮めることのできる光線銃を開発した中心人物だ。この光線銃の開発が評価され、麻紀は20代ながらも主任研究員に抜擢されたのだ。いとこありながら、誰でも入れるような無名の平成女子大に通う澄香とは全く違う。

「麻紀さん、こんにちは。」
 翔子が立ちあがって軽く礼をする。
「澄香と、麻紀さんがうらやましいと話していたんですよ。さっき私達を案内してくれた人が、超イケメンだったので。」
「案内したのは、もしかして、織本君のこと?」
「さっきの人、織本さんって言うんですか。超イケてますよねー。麻紀さんとはどんな関係なんですか?」
「ちょっと、翔子ったら。」
 暴走する翔子を澄香が止めようとするが、翔子は全く意に介さない。
「翔子ちゃんの期待するのはわかるけど、彼は私の部下だからね。残念ながら、手を出すわけにはいかないのよ。」
 麻紀が申し訳なさそうに答える。
「なーんだ。そうなんですか。」
 翔子もちょっと期待外れで、がっかりした表情を浮かべる。
「え、部下なの?」
 翔子が聞き流した麻紀の一言に、澄香が飛びついた。
「だって、研究職って男の人優遇の社会だから、男の部下を持つなんて大変でしょ。」
「澄香ったら、そんなことないよ。少なくともここは性別も年齢も関係ないの。結果を出すことが全てだからね。」
「ふーん。」
 いまいちしっくり来ない澄香。
「結果が全てなんて麻紀さん、超かっこいいですよ。あたしも麻紀さんみたいになりたいなあ。でも、無理かな。」
 麻紀をべた褒めしたのは翔子。
「無理だと自分で壁を作らないで、あきらめないでがんばって見ると良いわよ。」
 麻紀が翔子を励ました。

 定期修理のために澄香から縮小光線銃を預かり一度研究室に持って行った麻紀が、少ししてから戻ってきた。手には何かが入った箱を抱えている。
「翔子ちゃん、さっき織本君が気に入ったって言ってたよね。彼本人は仕事があるから無理だけど、クローンの複製なら相手してくれるよ。」
 そう言って、麻紀は箱を開けて、中身を2人に見せた。箱の中には、100分の1サイズの織本が数体入っていた。
「え!?これは何ですか?」
 翔子が驚きの表情を浮かべる。
「クローン技術で作った織本君の複製よ。不思議なことに、縮小光線を照射して小さくすると成長が早くなって、あっという間に大人になるの。ネズミのような小さな生き物ほど寿命が短くてすぐ成長するじゃない。だから、こびとにするとその効果が現われているのかもしれないけど、今のところ成長が早まる原因は調査中よ。」
「へー、そうなんですか。」
 澄香と翔子は2人して口をそろえる。
「でも、クローンじゃなくて、本人を小さくした方が簡単じゃない?」
 澄香が疑問を口にする。
「そうだけど、大事な部下を実験台にするわけにはいかないからね。それに、この研究所の人間のDNAは全部サンプルとして保存してあるから、複製は簡単に作れるわけ。実際の人間を実験台にしたら大騒ぎだけど、複製なら作られた事さえ公表しない限り、人間じゃないから殺しても問題ないしね。」
「ふーん、そうなの。」
澄香がうなずく。
「記念に2人に織本君の複製を一体ずつプレゼントするね。お持ち帰りはだめだけど、この部屋の中なら待ち時間に、自由に遊んでいいよ。特に、翔子ちゃんは織本君がお気に入りのようだから。」
 そう言って麻紀は2人にクローンこびとを一人ずつ渡してくれた。

「やったー!」
 麻紀が部屋を出て行き2人きりになると、翔子は飛びあがって喜んだ。
「複製とはいえ、さっきのイケメンよ。ほら、良く見るとこびとなのに顔とかも超リアルにできてる。すご〜い!」
 翔子は完全に舞いあがっている。
「キスしちゃおうかな。それとも、あんなことや、こんなことを…。」
「ちょっと、翔子、どうしたの?そんなに興奮して。ただのこびとでしょ。触ると気持ち悪いから、踏み潰しておしまい。これでいいじゃない。」
 澄香が冷めた目で見つめるが、そんな澄香を翔子は相手にしない。
「せっかくのイケメンのこびとよ。もったいないじゃない、遊んであげないと。そうだ、どうせ踏み潰すんなら、澄香のこびともちょうだい。あたしが遊んであげるから。」
 翔子はひったくるように澄香からこびとを奪い取った。

「織本くーん、君はかっこいいから特別にあたしが遊んであげちゃう。」
 翔子はまず、自分が最初にもらったこびとを持ち上げると、彼の左腕を引っ張る。
「苦しい?」
 翔子が尋ねるが、複製は何も言わない。複製のこびとは社会生活をしていないので、しゃべることができないのだ。それどころか、感情さえもほとんどないのである。
「痛くないのかな?えい!」
 翔子はさらに腕を強く引っ張り、ついに腕を引きちぎった。こびとの腕からは大量の血が吹きだし、彼は苦痛の表情を浮かべた。
「あー、やっぱ苦しいんだ。見て見て、澄香、ほら。」
 翔子が、腕が取れたこびとを澄香に近づける。
「やだ、血が出ているじゃない。気持ち悪い。」
「何言ってるの、いつも平気で踏み潰してるんだからそのくらい平気でしょ。」
「全然違うわよ。靴の裏なら良いけど、手で触るのは嫌よ。」
「そんなんじゃ、麻紀さんみたいな研究者になれないよ。ほら、見るだけでいいから。今度は反対側の腕ね。」
 翔子は彼の右腕をつかむと、強く引っ張った。まもなく翔子の巨大な指先の力により、彼の右腕の引きちぎられた。両肩から血が吹きだし、彼の顔面は出血性ショックで青ざめている。

「さっきのイケメンが、すごい苦しがってるよ。どう思ってるのかな?遊んでもらって嬉しい?」
 翔子が楽しげに話しかけるが、こびとは返事しない。血の気の引いた顔に、ただ苦痛の表情を浮かべているだけだ。
「まだ死んじゃだめだよー。」
 翔子が今後は右足を引っ張り、太もものあたりで引きちぎった。その付け根からも血が吹きだした。
「はい、これで最後!」
 翔子は彼の左足も引っ張って、ちぎり取った。両手両足を奪われたこびとは、大量出血でぐったりして、もはや虫の息である。
「なんかこびとってもろいね。虫なんかだと体が半分になってもまだ動いてたりするのに。」
「しょうがないよ。人間だもん。まだ生きてるだけでもすごいよ。」
 澄香が同調する。
「このまま放っておいてもすぐ死んじゃうだろうけど、どうせ死ぬならあたし達に踏まれて死んだ方が幸せだと思わない?」
 翔子はこびとの体と、ちぎった両手両足を床に置いた。冷たい床に置かれた彼は、ぐったりとして動かない。そんな彼の様子を名残惜しそうに見つめた翔子は、ゆっくりと立ち上がった。
「織本くーん。楽しかったわ。じゃあねー!」
 そう言うと、履いているブーツで彼を踏みつけた。そして、足に力をこめてぐりぐりと踏みにじる。
「はい、終了〜!あはは。」
 翔子がブーツをどかすと、赤茶けた血の跡がシミのように残り、原型のなくなった肉塊が散らばっていた。この残骸を見て、元はこびとだったことが想像できる人はまずいないだろう。

 翔子は再び座ると、2体目のこびとをつまみあげた。1体目の残骸には目もくれず、平気でその上に足を投げ出している。
「2人目の織本君はどんなふうに遊んであげようかな?食べちゃおうかな?」
 翔子は口を大きく開け、こびとを近づける。翔子が吐き出す生暖かい息が彼にかかる。
「はい、あーん!」
「ちょっと、翔子!それはあたしのでしょ。勝手に食べちゃだめ!」
 澄香が大慌てで翔子を止める。
「なによ、ケチねえ。どうせ踏み潰すんだから、生きていようと死んでいようと関係ないでしょ。」
 翔子が不満そうな表情を浮かべる。
「だから、食べられると困るんじゃない。消化されたら踏めないじゃない。」
「じゃあ、澄香も小さくなって、あたしのお腹の中で消化される前の織本君を踏めばいいじゃない。」
「その後、あたしはどうやってお腹の外に出るのよ?」
「うそ、うそ。冗談よ。澄香のために、こびと食べるのはやめるよ。そのかわりに、おちんちんで遊んであげようかな。澄香を襲わないように、ちゃんと去勢しておいてあげるからね。」
 翔子は、こびとの股間に狙いを定めた。指先を彼の股間に伸ばす。だが、100分の1の彼の大きさは、翔子の指先にとって小さすぎた。爪の先がお腹の肉ごとえぐりとるように、股間についているモノを切り取った。
「やだぁ、もう。ちっちゃすぎてうまく取れない。」
 お腹から股にかけての体の一部を失ったこびとは大量に出血し、血まみれになっている。
「もうちょっと大きかったら、もっと遊んであげられたのに、ねっ!」
 翔子は彼の目の前で、切り取った股間の部分を指先で潰して見せた。しかし自分の大事な部分を目の前で潰された彼は痛みに耐えるのに必死で、目の前で起こった事の重大性まで理解できなかった。

「はい、澄香。これでこいつはもう『男』じゃなくなったから、襲われる心配はないし安心よ。」
 翔子がこびとを澄香の足下に置く。
「小さくなったらもう襲うことはできないんだから、ここまでしなくてもいいのに。ぐったりしちゃって元気がないじゃない。」
 澄香が不満げに言う。
「いいじゃないの。いきなり踏み潰されるより、あたし達に遊んでもらってから踏まれるほうがこいつも幸せだって。」
「まあ、いいや。じゃあ踏むよ。」
 澄香が立ちあがる。
「バイバイ、織本君。楽しかったよ。また遊ぼうね〜!」
 翔子がしゃがみこんで別れの挨拶をする。
「いくよ。」
 そんな翔子の目の前で、澄香はロングブーツを履いた右足を彼の上に乗せた。彼の目には巨大な皮革の黒いブーツの靴底が急接近してくるのが見えただろう。硬いブーツの靴底は、彼に襲いかかり、彼の100万倍近くはあろうかという重量で押し潰した。
「こびとなんて、最初からこれでいいのに。」
 澄香は力をこめて彼のいた場所を踏みしめた。

「織本君は、2人とも踏み潰しちゃったの?」
 光線銃を持って戻ってきた麻紀が尋ねる。
「ええ。こんな感じで。」
 翔子は自分たちの足下に広がる赤茶けたシミを、麻紀に見せた。
「あら、汚れちゃったね。いいわ、織本君に掃除させるから。」
「踏み潰された自分の分身を掃除するなんて、ちょっとかわいそう。」
 めずらしく澄香が男に同情を示す。
「仕方ないわよ。それが仕事なんだから。」
 仕事に厳しい麻紀は、クールである。
「それより、光線銃の定期修理終わったから、また好きに使っていいよ。」
 麻紀は、事務的に澄香に光線銃を渡した。
「せっかくだから、翔子ちゃんお気に入りの織本君に帰りも送って行くようにさせるから。」
「はい、ありがとうございます。」
 翔子は軽く礼をした。

 帰り道、2人きりになってから翔子が口を開く。
「今頃あのイケメンは、あたし達が踏み潰した自分の複製を掃除してるのかな?」
「かもね。仕事とはいえ、ちょっと気の毒な気もするけど。」
 澄香が答える。
「意外と、彼、あたし達の靴跡のついた床の汚れを見て興奮してたりして。」
「まさか。そんな人いないよ。」
「いるんだって、澄香。自分の恋人が踏んで足跡のついた紙や、踏み潰された虫をコレクションしている人が本当にいるんだよ。知らない?」
「やだ、本当?」
「本当だよ。あたしの知り合いにもいるし。まあ、あの人はイケメンだから、そうであって欲しくないけどね。ただ、そういうのが好きな人達のためにも、あたし達がこびとを踏み潰すことは役に立っている、ってことよ。」
 イケメン研究員がどのような気持ちで、女性2人のブーツで踏み潰された『何か』の残骸を掃除したのかは、彼だけしか知らない。

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