包囲網

作:大木奈子

「きゃああああああ!」
 夜の道に女性の叫び声が聞こえる。
「何、今の?」
 翔子が眉をひそめる。
「女の人の叫び声だったよ。」
 当たり前のことを答える澄香。
「行ってみましょう!」
 翔子が声のした方に走り出す。
「あ、待ってよ!」
 澄香が慌てて後を追う。

「やめて下さい!」
 女性の悲鳴に近い声は公園の奥から聞こえた。
「おっと、騒ぐなよ。俺とエッチするだけじゃないか。これで俺も男になれるというものさ。」
 茂みの中で男が女を押さえつけている。
「誰か、来て!」
 女が求めた助けに答えるかのように、足音が聞こえてきた。
「!?」
 男は慌てて女の口を封じる。だが、少し遅かった。茂みをかき分けて2人の女が現われた。
 一人は髪の毛を染めて厚化粧。露出度の多い光沢のある派手な服装にミニスカート。足元はごつい感じのブーツを履いている。そのまま夜の街でギャル女の風俗嬢として通用しそうな感じだ。
 もう一人の方は、夜の街に似合わないお嬢様っぽい地味な女だ。仕事帰りのOLのような感じだが、ミニスカートに黒い革のロングブーツを履いていることが、そうではないことを物語っていた。
「見たわよ!何をしていたの?」
 ギャル女の方が声をかける。やましいことをしていた男は、女を放置すると大慌てで逃げ出した。

「ありがとうございます。」
 残された女は現われた2人の女性に礼を言った。彼女は20代前半だろうか。パンツスーツのおとなしそうな感じである。
「お礼をしたいのですが、あなた方は?」
 尋ねる女性に、ギャル女が答える。
「私は前島翔子。よろしく!」
「私は風祭澄香です。」
 もう一人の地味な女が答えた。
「それより、大丈夫?襲われていたんじゃない?」
 尋ねる翔子に女性が答える。
「ええ。でも、おかげで助かりました。もう大丈夫です。」
「すぐに警察に通報したほうがいいですよ。」
 澄香が言う。
「あの、未遂で済んだことですし、騒ぎを大きくしたくないので、もういいです。すいません。」
 彼女は頭を下げる。
「わかった。じゃあ、あたし達がさっきの男を捕まえて厳しく言っておくよ。送っていってあげたいけど、そう言うわけで気をつけて帰りなよ。」
 翔子は彼女の背中をたたくと、逃げ出した男の追跡をはじめた。
「本当に、気をつけてください。」
 澄香もそう言うと、翔子の後について行った。
「ありがとうございます。」
 彼女は、去りゆく翔子と澄香に深く頭を下げた。


 そこから少し離れた場所。逃げ出した男は、仲間達の待つこの場所にようやく逃げ帰った。
「はあ、はあっ。やばかったぜ。突然人が来るんだもんな。マジですげー焦った。」
 彼は仲間の前で呼吸を整える。彼らの仲間は10人。全員が若い男である。気の合う者どうしが集まって遊んでいるうちに、いつのまにか仲間が増えてこの人数になったのだ。
「バカだなあ。見つかる前にさっさとやっちまわねーからだよ。」
 仲間の一人が言う。
「さすがにまずいよ。いくら罰ゲームでも、女の子とエッチすると言うのは。何か別のものにしないか?」
 ピンチに陥った彼が提案をする。
「何言っているんだ。みんなで決めたことが守れねーのか?」
「そうだ、そうだ。罰ゲームをやらずに負け逃げだけはぜってーに許さねーぞ!」
「要は、やっちまえばいいんだよ。大丈夫だって。」
「それに、俺達はレイプしろと言っているわけじゃないぜ。女とエッチしろと言っただけで。だから、彼女としたっていいんだよ。もし、お前に彼女がいればな。ははは!」
 仲間が一斉に笑う。彼は、言ってみればこのグループの中で貧乏クジを引かされた立場にあった。罰ゲームで女とエッチする。これが仲間から彼に課せられた決まりだった。この決まりを守れなければ、制裁が待っている。だが、彼女のいない彼にとって、この罰ゲームは死刑に等しいほど残酷な罰であった。
 大急ぎ彼女を募集し、エッチに持って行く。彼も最初はそう考えた。だが、このご時世そう簡単に彼女が見つかるわけはない。せっかく捕まえたと思った相手はことごとくお金が目当てで、エッチはおろかキスさえも許してもらえなかった。
 なかなか罰ゲームができない彼に、次第に仲間達はいらだってきた。そしてついに、仲間達は彼に進言した。「見ず知らずの女を力ずくでむりやりやっちまえ」と。
 そして、実行した結果がこのザマである。世の中つくづく不運な男がいるものである。
「とにかく、罰ゲームをやらないで逃げるのだけは許さねーぞ。」
「できるまで何度でもやれよな!」
「だいたい、見つかった相手も女なんだろ。だったら、そいつらもまとめてやっちまえばいいじゃねえかよ。一度に3人相手の夢のプレイじゃないか。」
「うらやましいよ。俺だったらぜってーやってたな。俺はお前みたいな弱虫じゃねえから。」
「そうは言うけど、マジでやばかったんだから。なにしろ、見つかった相手もうるさそうなギャルたちでさ。」
 彼は見つかった時の恐怖を思い出して身震いした。なにしろ、自分が捕まっても仲間は助けてくれないだろう。全部自分一人のせいにされ、経歴に前科者としての烙印が押されるのがオチだ。事は慎重に進めなければならない。
 だが、仲間は違った。罰ゲームなので、彼が危険な目に遭えば遭うほど楽しいのだ。いざとなれば、「みんなで止めたけど、彼が勝手にやった事。」と言えば、自分達の安全は保障される。仲間の自己保身の心が、彼を追い詰めていたのだ。
「大丈夫だって。ギャル女はエッチ好きだから、大丈夫だって。やっちまえば、『次は自分もやりたい。』とか言ってくるかも知れないぜ。」
「そう、そう。そこまで言うなら見てみたかったなあ。どんなギャルか。」
「もう一度誰かを犯して見ろよ。そしたらさっきのギャルが出てくるかもよ。そしたら、俺達がそのギャルの相手をしてやるから安心しろよ!」
「面白そう。是非やれよ。俺もそのギャルを見てみたいから。ははは。」
 仲間はまたまたバカ笑い。
「そこまで言うなら、見せてあげるわよ!」
 その笑いを止めたのは、ほかならぬそのギャル女、翔子であった。

 彼女と別れてまもなく、翔子と澄香は彼らの集団を見つけた。人目につかない夜の街でこれだけの人数でたむろしているなんて、これっきり怪しい。翔子は今すぐ彼らを小さくして踏み潰すことを主張した。
 だが、証拠もないのにそんな事はできないと澄香に止められて、しばらく様子を見ることにした。そしたら、先ほどの悪事を暴露する会話が耳に入ってきたのだ。これを聞いて澄香も激怒。未遂とはいえ、こう言う奴は縮めて踏み潰すしかない、という結論に落ち着いたのだ。
 とはいえ、真っ暗闇の中での会話である。少し離れた澄香達から見ると、人影を確認するのがやっとで、先ほどの女性を襲おうとした犯人が誰なのかわからない。直接彼らに掛け合って、犯人引渡しを要求しようと考えていたところに、ギャル女、すなわち翔子の話題が出たので、今がチャンスと翔子が飛び出したわけである。
 澄香の方はといえば、物陰に隠れたまま、翔子のピンチの時に縮小光線銃を発射する役割を任された。

「お、お前は。」
 突然の翔子の出現に、彼ら全員の動きが凍りつく。
「見たいというから、出てきてやったわよ。私の相手をしてくれるって本当なの?」
 さっきまでの威勢のいい言葉はどこへやら。翔子の狙い済ましたタイミングでの登場に、彼らは戸惑いの色を隠せなかった。
「何の用だ?」
 彼らのリーダー格の男が冷静を装って答える。
「決まっているでしょ。さっきの人に乱暴を働こうとした奴を捕まえに来たのよ。」
 ギャル系の翔子の風貌から想像もつかないまじめなセリフに、男たちは混乱する。もしかしてこれはおとり捜査なのかもしれないと。
「悪いが帰ってくれ。たぶん人違いだろう。ここにはレイプ犯はいない。」
 翔子が警察かもしれないと勘違いした彼らは、嘘をついた。今回の未遂事件以外にもやましいことをしている彼らは、余計な取調べとかを受けたくなかったのだ。
「あれ、そう?違うの?でも、さっきエッチしちゃえば〜、とか言ってたのって、誰かしら?」
 翔子が首をひねる。その素人っぽさに彼らは警戒心を解き、反撃に転じた。
「へっへっへっ。そんなにエッチが好きなら、俺達とやってもいいぜ。」
「そう、そう。夜の街をそんな派手な格好で歩くのは危ないぜ。俺達が守ってやるからさ。」
 彼らはなれなれしく翔子に近寄ってくる。だが、翔子ははっきりと拒絶した。
「悪いけど、パス。今は遊びに来たわけじゃないから。それより、さっき乱暴しようとしていた犯人をあたし達に引き渡してよ。」
「けっ!なんだよ。こっちがおとなしくしていれば。」
「そうだよ。なあ、ねーちゃん。人にモノを頼むときは、それなりの代償を払わねえと。」
「何よ?その代償って?」
 尋ねる翔子に、男達は答えた。
「決まってるじゃねえか。俺達とエッチするんだよ!」
 男達は一斉に笑い出す。

 彼らがバカ笑いをしているうちに、翔子はこっそり澄香を呼び寄せた。
「私があんた達とエッチすれば、その犯人を引き渡してくれる。と言う事はつまり、あんた達は今犯人をかくまっているわけね。」
「まあな。だから俺達の要求を飲めば、犯人を引き渡してもいいぜ。」
『俺達全員にレイプされてもまだ平気だったらな。』と、リーダー格の男は心の中で付け加えた。
「性犯罪者をかくまう者も支援する者も同罪よ!」
 翔子の後ろにくっついていた澄香は、突然一歩前に出ると彼らに縮小光線銃を向けた。
「生きていようと死んでいようと、必ず犯人は捕まえるから、覚悟しなさい。」
 澄香は縮小光線銃を発射し、彼らを100分の一に縮めた。

 彼らは何が起こったのかわからず呆然としていた。光線銃のまぶしい光を浴びせられ、気がついたら目の前の景色が変わっていた。暗闇に目が慣れてきた彼らが見たものは、巨大な4本の柱だった。その4本の柱こそが、澄香と翔子のロングブーツだった。
「あんた達は、光線銃で小さくされたの。おとなしく犯人を引き渡せば良かったのに、かくまったりするからこうなるのよ。」
 翔子が足下のこびと達を見下ろすように言う。
「もう一度聞くけど、さっきの人に手を出そうとしたのは誰?」
 澄香が尋ねる。だが、突然の展開にショックを受けた男達は返事すらできない。
「答えないならいいわよ。かくまう者も同罪よ。犯人を捕まえられれば、生きていようと、死んでいようと関係ないから。」
 澄香は、一番手前にいた男に向かってブーツを踏み下ろす。100分の一の小さな彼に、巨大な澄香の体重がブーツの固い靴底を通して加えられた。その重量に耐えきれず、彼は押し潰され、まるでこびとなど存在しないかのように澄香のブーツはしっかりと地面を踏みしめた。
 これを見て、男たちは凍りついた。巨大なブーツは今、しっかりと地面を踏みしめているので、その下で仲間がどうなったのか見ることはできない。ただ、グチャッという人間の潰れるイヤな音を立てて、巨大なブーツの下へと仲間が消えていったことを考えると、無事である可能性は薄い。
「どう?犯人を引き渡す気になった?」
 翔子が楽しそうに言う。この巨大女性達は、彼らが恐怖に動けなくなっているのを見て楽しんでいるかのようだ。彼らはどうして良いのかわからずに、お互いに顔を見合わせた。だが、何もしない彼らの態度を、翔子は要求を拒否したものとして受けとめた。
「まだ、言うことを聞かないのね。じゃあ、次はお前ね。」
 翔子のごついブーツが、別の男を襲った。彼もまた、断末魔の叫び声を残してブーツの靴底へと消えていった。

 彼らは恐れおののいた。このままでは順番に一人ずつ踏み潰されてしまう。それを避けるには、先ほど女性に乱暴しようとした仲間を売り渡すしかない。売り渡した仲間は踏み殺されるかもしれないが、他の人達は助けてもらえるだろう。一人を除く彼らの意見は固まった。
「ちょっと待ってくれ!」
 長い沈黙の末、リーダー格の男が声を上げた。
「話し合いをしよう。お互いの要求を満たすような解決策を見つけようじゃないか。」
 だが、澄香はその提案を拒否した。
「今は話し合いの時じゃないわ。行動あるのみよ。犯人を引き渡す気がないのなら、こうするわ。」
 澄香は、さっきこびとを踏み潰した足を持ち上げると、また別のこびとに踏み降ろした。残された男達の耳に仲間が潰れる不快な音が残り、さっき踏まれた仲間の死体が地面に残る赤いシミとなっているのが彼らの目に飛びこんできた。あまりの残酷さに、彼らのうち何名かは、吐き気を催していた。
「わかった。女に手を出した奴は引き渡す。ただし、やったのは奴一人で、俺達は何もしていない。だから、俺達は助けてくれ。それが条件だ。」
 リーダー格の男は必死の交渉を試みた。仲間を売る事になるが、こればかりは緊急避難として許してもらえるだろう。だが、巨大な女性達はとことん冷酷だった。
「話し合いの時じゃないって言ったでしょ。黙って犯人を引き渡すか、抵抗して踏み潰されるか、それしか道はないの。」
 残酷にもそう言い放つと、翔子はまた別のこびとをブーツで踏み潰した。

 残されたこびとは6名。このままでは全員踏み殺されるのも時間の問題だ。彼らはついに動いた。
「こいつだ!こいつが犯人だ!」
 リーダー格の男が、一人の男を指差して叫ぶ。
「こいつが勝手にやったんだ。俺達は何もやっていない!」
 名指しされた男以外のこびと達も、いっせいに相づちを打つ。名指しされた男は、恐怖のあまりへなへなと崩れ落ちた。
「わかったわ。」
 ようやく澄香が言った。
「悪いのは、そいつと、そいつをかくまったお前ね。」
 澄香は、暴行未遂犯と彼らのリーダー格を指差した。
「じゃあ、あとの連中に用はないね?」
 澄香に聞いたのは翔子。
「うん。」
 澄香の答えを聞いて、残りの4人はほっとした表情を浮かべる。
「じゃあ、残りの連中はあたしが踏み潰していいね。」
 安堵の表情を見せる彼らに、残酷な一言を翔子が投げかけた。
「約束が違う!」
 彼らは一斉に反発した。犯人を引き渡せは、彼らには何の罪もないはず。当然元の大きさに戻してもらい釈放されるものと思いこんでいたのに、踏み潰すなんて。
 だが、翔子はそんな彼らの抗議を一切無視した。
「まとめて踏むと踏み応えがあって楽しいのよね〜。」
 楽しそうにそう言うと、哀れな4人のこびとを、ごついブーツで踏み潰した。ブーツの靴底を通しての踏み応えに、翔子は満足そうにうなずいた。

 残されたのは、暴行未遂犯と、グループのリーダー。彼らは怯えきっていた。仲間の潰される鈍い嫌な音が彼らの耳に残り、無残なまでに体重を加えられて地面と一体化した仲間の変わり果てた姿が彼らの目に焼き付いていた。
「さて、どっちから踏もうかな。」
 澄香が楽しそうに言う。
「待ってくれ!」
 突然叫んだのはリーダーの方。
「俺は、こいつを引き渡した。だから、もう俺が踏み潰される理由はないはずだ。やったのはこいつだ。こいつが勝手にやったことなんだ。」
 彼は必死で命乞いを試みる。約束通り仲間を引き渡したのに、この仕打ちは何だ?ことごとく交渉を突っぱねた彼女達は、最初から自分達を皆殺しにするつもりではなかったのか?現に彼女達は、無罪が確定した仲間をあっさり踏み潰した。何を言っても助かる確率は低いが、無駄とわかっていても彼はかすかな可能性にかけていた。だが、澄香はそんな彼の最後の望みさえも打ち砕いた。
「あのね、もう遅いの。さっきまでかくまっていて、ピンチになったら犯人を引き渡すなんて。最初から引き渡してくれたら助けたのにね。」
 澄香は彼らの右足を頭上にかざす。
「めんどうくさいから、二人まとめて踏んであげる。」
 澄香はそう言うと、勢い良くブーツを踏み降ろした。小さな彼らにはもはや何もできなかった。巨大な澄香のブーツの靴底が迫るのをただ眺めているだけだった。固いブーツの靴底を通して巨大な澄香の体重を受けた彼らは、ブーツの靴底の一部となった。

「良いことすると気持ち良いね。」
 公園からの帰り道、翔子が口を開く。
「そうね。これで他の女の人が被害にあうのを未然に防げたわけね。」
 澄香もうなずく。
「こんな良い事したのに、誰にも知られないなんて残念だなあ。」
 翔子がため息をつく。
「仕方ないよ。さっきの女の人、夜道で一人待たせるわけにもいかないし。さっさと帰りましょう。」
 澄香と翔子はブーツを鳴らして、公園へと急いだ。
 2人のブーツの靴底には、踏み潰された10人の男達の残骸がこびりついていた。その残骸も、2人が歩くたびにはがれ落ち、削り取られて、やがて靴底についた他の汚れと区別つかなくなってしまった。

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