番外編2

作:大木奈子

注:この作品は縮小光線銃の話ではありません。また、一部残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。なお、この物語はフィクションであり、現実の話とは一切関係ありません。

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車中の思い出

 澄香と翔子は、2人でドライブに来ていた。車は翔子の家の車で、翔子が運転手をしている。
「あーあ、助手席が澄香じゃ、つまんないな。せっかくなら格好いい男の子が良かったのに。」
 翔子は助手席に座った澄香をちらりと見るとつぶやいた。
「何言っているのよ。彼氏と別れたから、気分転換にってドライブ誘ったのは翔子でしょ。」
「未練があるのよ。女の未練は海よりも深いって言うでしょ。」
 翔子はため息をついた。
「そうなの?」
「そう。いまだに助手席に彼氏がいるような気がして。」
「あのさあ、翔子。普通ドライブって言うと、彼氏の車に乗せてもらって遊びに行くものじゃない?自分で運転して助手席に彼氏と言うのは、ちょっと。」
「いつの時代のデートよ、それは。今どきの男の子はシャイなんだから、こっちから誘ってあげなきゃ。遊びに行って帰りにホテルに寄ろうって。」
「そんな、急に誘ったら相手も逃げちゃうよ。翔子って強引だから、すぐに彼氏と別れちゃうんじゃない?」
「彼氏のいない澄香には言われたくないんだけど。」
「いるってば。」
 澄香が顔を赤らめる。
「さあ、どうだか。エッチしたって話聞かないけどな。」
 翔子は意地悪く澄香の顔を覗きこむ。
「翔子、前!危ない!」
 澄香の叫び声に前を見ると、前方には何か小さな動物がたたずんでいる。あわてて急ブレーキを踏む翔子。だが遅かった。ドスンと左前輪が何かに乗り上げる感触がして車が停止した。

「あー、やっちゃった。」
 翔子が頭を抱える。
「犬だった、今の?」
 澄香が尋ねる。一瞬のことなのでよく見えなかったのだ。
「わからない。猫かもしれないし、狸かも。」
「どうするの?」
「誰も見ていないから、このまま行っちゃおうか。」
 翔子は前後を見渡すと、ゆっくりと車を発進させた。だが、その直後再び左前輪が何かに乗り上げる感触がした。
「あれ?」
 澄香が首をひねる。後輪に何かを轢く感触があるのはわかるが、前輪に感触があるのは変だ。2度目に前輪に違和感を感じた時、翔子が再び車を停止した。
「タイヤに何かからまっているみたい。悪いけど澄香、降りて片付けてくれない?」
「ええ!?いやよ。気持ち悪いもん。轢かれた動物見るの。」
 澄香が首を横に振る。
「だって、左側のタイヤだから、澄香の体重がかかっているんだよ。澄香が潰したようなものじゃん。」
「でも、運転していたのは翔子でしょ。」
「いいから、いいから。男を小さくして踏み潰すのは平気なんだから、動物くらいなんでもないでしょ。」
「全然別物よ。男を小さくして踏むのは、現実にはありえない夢の世界でしょ。夢の世界だから踏み潰しても平気なのよ。でも、車で動物轢くのって現実問題じゃない。現実にグシャグシャになった死体見るのいやだし。」
「じゃあ、仕方ない。誰か通りかかるのを待とうか。」
 翔子は車のエンジンを停めた。

「こういう時って、たいてい格好いい男の人が通りかかって、困っているあたし達を助けてくれて、名前も名乗らずに去って行くのよね。」
 澄香が期待に目を輝かせて言う。
「何言っているのよ。少女マンガじゃあるまいしそう都合よくいくわけないでしょ。」
 翔子があきれたように言う。
「あ、でも来たよ。」
 サイドミラーに映った人影を見ながら澄香が言う。通りかかったのは澄香の予想通り、ドラマに出てくる俳優さんみたいな顔をした若い男性だ。
「私に声かけてくれて、轢いた動物の死体を片付けてくれないかな?そしてお互いに芽生える恋…。」
 翔子もそれなりに期待しているようだ。
 2人が見守る中、彼は車の脇を通りかかり、車にちょっと目をやると逃げるように早足で去って行った。
「何、あれ?ひどーい。」
 あきれたように言う翔子。
「女性が困っているのを見たら、助けるのが男ってものなのに。」
 澄香も同調する。
「やっぱり澄香、人任せにしないであんたが片付けてきてよ。」
「ひどい、翔子ったら、自分こそ人任せにして。翔子が轢いたんでしょ。」
「あたしだっていやよ。これだから澄香とドライブはいやなのよ。彼氏だったら、きっと文句も言わずに片付けてくれただろうになあ。」
「女の子に動物の死体処理をさせるのは無理よ。時間かかるけど、通りかかった人が助けてくれるの待ちましょう。」
「遅くなるけど、仕方ないか。」
 翔子もあきらめたようにため息をついた。

 退屈な待ち時間。他人任せでやる事がないので、翔子が意地悪な話を切り出した。
「ねえ澄香。あたしのことさんざん言うけど、澄香は何も轢いたことないの?」
「あたしはほとんど運転しないから、大丈夫よ。」
 澄香は笑顔であっさりとかわす。
「そんなこと言って、一度くらいはあるでしょ。ほら、白状しちゃいないよ。」
 翔子に言われて、澄香は仕方なく口を開く。
「実は、1回だけね。動物じゃないけど、おもちゃなら轢いちゃったことある。」
「ほら、やっぱり隠してた。どういうことなのか、話しちゃいなよ。」
 翔子が話に乗ってくる。
「狭い道をゆっくり走っていた時なんだけどね、動物型ロボットで子どもが遊んでいたの。邪魔だなと思いつつ進んで行ったら、突然そのロボットがこっちに向かってきて。気がついたらグシャって。」
「あーあ。澄香ったら。ひどいんだ。その子に弁償しないと。」
「でも、その時は慌てちゃって何して良いかわかんなくなっちゃって。轢いた瞬間その子が大声で叫んだから、轢いたのはわかっていたけど、そのまま逃げてきちゃった。どうせ、子どもだからナンバーまで覚えていないだろうし。」
 悪びれた様子もなく言う澄香。澄香は車に乗ると性格が変わるようだ。
「その子はやっとの思いでお小遣いをためて買ったのかもしれないよ。それをあっさり轢いて壊して、しかも逃げちゃうなんて。」
「そんなこと言ったって…。」
 翔子に突っ込まれて困る澄香。
「その子にとって澄香はきっと鬼ババアだよ。」
「鬼ババアって、ついこの間の話だから、まだ19だってば。」
「大切なものを壊されて逃げられたら誰だってそう思うよ。」
「それより、道路で遊んでいるのが悪いのよ。車の通り道にロボット動かして!」
 澄香が責任転嫁する。
「澄香、おお怖〜い!それを言ったら、交通事故はみんな轢かれた方が悪いようになっちゃうよ。車の進路にいるほうが悪いって。
 そしたら、さっき動物轢いたのだって私は悪くないことになるからいいけど〜。」
「まあ、そう言われると。でも、人を轢いたわけじゃないし…。」
「あはは。気にしない、気にしない。世の中にはものが潰れるのを見るのが好きな人もいるくらいだから、いいんじゃない。」
 落ちこむ澄香を慰める翔子。これだけ性格が違うから、一緒にいても話が尽きないのだ。
「それより、ほら。」
 翔子が窓の外を指差す。また通行人が通りかかり、ちらりと見ると足早に去って行った。
「やっぱりみんな逃げて行くよ。」
 澄香が不安げにつぶやいた。

 何人かに素通りされ、2人がいい加減あきらめかけた頃、今度は一人の若い男が通りかかった。彼は理想の男性とは程遠い容姿だった。背は低く、小太りで、不健康そうな感じがした。はっきり言ってネクラで、一緒にいたくないようなタイプだった。
「ああいう男って、家でロリコンビデオでも見てそうじゃない?」
 澄香がセクハラまがいの偏見に満ちた発言をする。
「それ言えてる。」
 翔子も同意する。
「あたし達の不幸を見て、陰で笑っていそうなタイプよね。」
 翔子の同意を得たことで、澄香がさらに爆弾発言をする。別に悪気があってのものではなく、ドライブを止められたことに対するストレス発散のために言っているだけなのだが。
「でも、あいつ、こっち見ているよ。やだあ、ちょっと、こっち来るよ。」
 翔子が悲鳴を上げる。

 彼は車中の2人の気持ちなどお構いなしに近づくと、声をかけた。
「動物を轢きこんじゃって困っていません?」
 彼の呼びかけに、澄香は窓を開けて答える。
「え、ええ。そうなのよ。こっちが普通に走っていたらいきなり飛び出してきて。」
「じゃあ、僕が片付けてあげましょう。」
 見た目に似合わず彼は親切を申し出る。意外な申し出に澄香と翔子は顔を見合わせたが、結局受け入れることにした。
 彼はしゃがみこむとタイヤに絡みついた動物の死体を引き剥がしにかかった。
「すいません。少しだけ車動かしてもらえます?」
 このままでは取れないのか、彼は車の移動を要求した。言われるままに動かす翔子。タイヤが何かを踏み潰す違和感があった。
「はい、とれました。もう大丈夫ですよ。」
 彼は言う。
「自分が轢いた動物の死体見ます?」
「いやよ!」
 澄香が反射的に叫ぶ。
「とにかく助けてくれてありがとう。私達急ぎますので、ではこれで。」
 翔子は大慌てでエンジンをかける。
「いえいえどういたしまして。でも、彼も幸せな死に方をしたもんだよ。こんな綺麗な女性2人が乗った車に轢かれて死ねるなんて。」
「はあ。」
「あはは、そうですね。」
 澄香と翔子は適当に愛想笑いを浮かべると、そのまま車を走らせて去って行った。

 車を走らせながら翔子はつぶやいた。
「せっかくの格好良い男の子との出会いのチャンスだったのに、あんな奴だったとは残念だったなあ。」
「ちょっと、翔子ったら、反省している?動物轢いちゃったこと。」
 澄香が翔子をたしなめる。
「してるよ。いちいち澄香はうるさいんだから。」
「だって、翔子が反省しているように見えないんだもの。だいたい、さっきの動物が野生動物だったらどうするのよ?動物保護団体に訴えられるかもよ。」
「それを言ったら、ペットでもそうじゃん。飼い主から澄香が訴えられるかもよ。」
「轢いたのは翔子でしょ。」
「でも、澄香が乗ってなかったらこんなことにはならなかったはずだし〜。」
「…。」
 反論できなくて澄香は黙りこむ。

「もうやめましょう、翔子。せっかく楽しいドライブなんだから。嫌な事は忘れましょ。」
 しばらくしてようやく澄香が口を開く。
「何だ、澄香。まだそのことで悩んでたの?あたしなんか、もうとっくに忘れていたよ。」
 さすがは翔子。ついてはいけないと澄香は思った。と同時に轢かれたことさえ忘れ去られた先ほどの動物が哀れに思えるのだった。

 翔子が動物を轢いた場所で、さっきの男はまだ一人たたずんでいた。道路にはまだ飛び出した内臓が散乱している。
「こんなところで命を落としてかわいそうに。」
 残された彼は、轢かれてグシャグシャになった動物の死体を道端の草むらに移すと、そうつぶやいた。動物の死体には、2人の女性の体重が加わった車のタイヤの跡がくっきりと残っていた。

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