探偵事務所に勤める彼は、過去の事件の記録を調べているうちにある事に気がついた。自分の父親が行方不明になったのと類似した事件が意外と多いのだ。しかも、それらのうち何件かは、ある2人の女子大生の周囲で起きている。もっとも、彼女達は事件が起きた時にアリバイもしっかりしているし、何よりも彼女達に人間の失踪を手助けしている証拠がないので、容疑者には入っていない。 そうは言っても原因不明の行方不明事件が頻発しているのだ。関わりのあった数人が失踪した彼女達なら何か知っている可能性が高い。彼は、2人の女子大生とコンタクトを取ることに決めた。 2人の女子大生の名は、風祭澄香と前島翔子。2人とも19歳で、平成女子大の一年生。失踪事件は彼女の親戚とかではなく、ちょっとした顔見知り程度の友人に起きている。探偵事務所でも過去にいろいろ調べたため、彼女達の経歴は詳しく載っているが、事件との関わりについては、今一つ決め手に欠けるものばかりだった。 「だから、2人ともシロだって言ったろ。何度も確認したんだ。いまさら調べるだけ無駄なんだよ。」 彼とペアを組んだ事務所の先輩が言う。この事務所では2人1組での行動が基本だ。今回も基本にのっとり2人で彼女達の素行調査をしている。 「ですから、もう一度だけ調査をやらせて下さい。僕は事務所に入ったばかりなので、一度自分で彼女達を調べたいんです。先輩もそれで納得しましたよね。」 「わかった。好きにやれ。協力してやる。ただし、期限は明日までだぞ。」 「はい。ありがとうございます。」 彼らは2人の女子大生の追跡調査を始めた。 彼がここまでこの2人にこだわるのにはわけがある。実は、彼はこの仕事を始める前まではごく普通の大学生だった。勉強はほどほどに、友人を多く作り、遊びにバイトに明け暮れる日々を送っていた。 そんなある日、突然彼の父親が失踪した。今だもってその原因も行き先もわからない。仕事上のストレスで悩みはあったようだが、失踪するほど悩んでいる様子はなかったので、全くもって謎の事件だった。 父親の失踪が彼の生活を一変させた。授業料は奨学金でまかなえるが、下宿先の部屋代や、実家に残した家族の生活費を払うことができない。彼の父親は「死亡」ではなく、「行方不明」なので、保険金もおりない。彼は泣く泣く大学を中退し、働く事にした。とはいえ、中退での中途採用で、しかも部屋代と家族の生活費をまかなえるだけの仕事はなかなか見つからなかった。 途方に暮れた彼の目に飛び込んできたのが、この探偵事務所の採用募集だ。『仕事次第で高給を稼げる。』これに惹かれ、彼は探偵となった。 事務所に入ってからは、彼は先輩に付いて仕事を学ぶ一方、利益率の高い民事訴訟を中心に仕事を扱った。生活のためにはまずお金が必要だったからだ。ただ、その一方で密かに自分の父親の失踪事件についても調べていた。いつの日か、失踪した父親を自分で探し出し、お金の苦労をさせたことに対して文句を言うために。 こうして機を見計らっていた彼は、ようやく今回失踪事件の参考人として2人の女子大生の身辺調査に当たれる事となった。事務所としては、この2人に関わるのはこれが最後なので、絶対に失敗は許されない。彼にとっては真剣勝負の捜査だった。 必死の捜査もむなしく、彼の得た情報は事務所の先輩達が前に調査したものと変わりはなかった。風祭澄香の方は、ごく普通の大学生。勉強も遊びも人並みにやっており、これと言った特徴はない。しいていえば、いとこがとある研究所に勤めていることだが、この研究所が事件と関わっている可能性は否定されている。 前島翔子のほうは、一癖ありそうだ。交友関係が広く、男友達も多い。さらに高校時代には補導歴まである。ただ、彼女の知り合いの男友達も全員事件とは無関係である。 結局彼女達を容疑者として浮かび上がらせるだけの証拠がない以上、彼女達はシロとするしかない。彼の捜査は、事務所の先輩達と同じところで行き詰まった。 「だから、言っただろ。彼女達を調べても無駄だって。俺達も諦めたんだから。」 先輩が言う。 「分かっています。でも、彼女達には何かあるんです。超常現象を引き起こす何かが。僕の勘がそう言っています。」 「超常現象はけっこうだが、再現性がないと証拠として扱えんぞ。例えば彼女達が幽霊に行方不明者を売り渡していたとしても、証拠として採用するには裁判官の前でその幽霊がもう一度現われなくてはならん。法律上、幽霊が現われなければ彼女達はシロという事になってしまう。」 「現行犯なら再現性がなくてもいいんですよね。」 「ああ。目撃者や証拠がそろっていればな。」 「今夜何かが起きそうな気がするんです。あの2人の周りで。」 「よし、わかった。お前を信じて追跡調査をしよう。」 二人の探偵は、ストーカーみたいに2人の女子大生の身辺を見張る事にした。 二人の探偵は、電車に乗っていた。マークしていた2人の女子大生が電車に乗ったので、同じ車両に乗りこんだ。電車は帰りのラッシュ時間帯にあたり、混雑していた。そのため、思いきって近くまで接近しても相手に気づかれる事はない。彼らは人ごみをかきわけ、さりげなく彼女達に接近した。 「やめて下さい。」 彼らが近づくと、女子大生の一人、風祭澄香の方が声を出した。状況から察するにおそらく痴漢だろう。だが、これだけの満員電車だ。本当に痴漢なのか、それとも偶然体が触れただけなのかはわからない。それに、彼女の服装にも問題がある。足元はブーツでしっかりガードしているのに、ミニスカートで太ももを露出している。これでは痴漢でなくても男ならば誘われていると勘違いしてしまいそうだ。 痴漢を捕まえ、それをきっかけに彼女達から話を聞き出そうと思ったが、あえてここは陰から彼女達の行動を見守ることにした。 電車が次の駅に着いた。ドアが開き、人々が外に押し出される。 「ちょっと、あなた、触っていたでしょ。」 澄香のきつい声が二人の探偵の耳にも飛びこんできた。 「ちょっと来てもらえますか?」 澄香と翔子は、近くにいた男性を引っ張るようにして電車から降りた。 「おい、大変だ。」 先輩探偵は彼に言う。 「あの男は痴漢の犯人ではない。彼は無実だ。彼の無実の証明をすれば、お金になるぞ!」 2人の女子大生に向かって駆け出そうとする先輩を、彼は止めた。 「待ってください。これから何かが起きます。それを見てからにして下さい。」 「だがなあ、痴漢ほど冤罪が多いものはないぞ。証拠がなくても被害者の一言で有罪にされてしまうんだ。おまけにこんなに簡単に有罪にされるというのに、罪は極めて重い。一歩間違えば一人の男性の人生をめちゃくちゃにしてしまうこともあるんだ。だから、彼女達が警察に入っていったら、俺達は証言をするんだ。彼は無実だと。探偵たるもの、常にお金になる仕事を逃してはならないんだ。」 「わかりました。でも、もう少しだけ、少しでいいんです。様子を見させてください。何かが起きそうなんです。」 「わかった。じゃあ、追跡だ。」 彼らの追跡が始まった。 2人の女子大生は、中年男性を引っ張るようにして改札の外へ出た。ヒールのあるブーツを履いている若い彼女達は、小柄な中年男性と同じくらいの背の高さになる。 「違う!ぜったいわしはやっていない。神に誓って違う。違うんだ。」 彼は必死になって真実を伝えようとする。だが、彼女達は聞く耳を持たない。 「みんなそう言うのよね。でも、結局最後には白状するの。だったら、最初から潔く罪を認めたらいいのに。」 彼女達は、彼を駅前交番に連れて行く。彼の人生が、彼の家族の生活がめちゃくちゃに壊されるのは時間の問題だ。 だがここで予想外のことが起こった。彼女達は彼を連れたまま交番の前を素通りしたのだ。そして、そのまま人通りのない裏道へ入っていく。 「あれ?交番に行くんじゃないのか?」 先輩探偵は、立ち止まって首をかしげる。彼らが立ち止まっている間に、彼女達は角を曲がり、彼らの視界から消え失せた。そしてその数秒後、彼女達が消えた角の奥から一瞬光が見えた。 「?」 「彼女達は?」 二人の探偵は我に返り、大慌てで彼女達を追いかけ、角を曲がった。 「!」 角を曲がった彼らは驚いた。彼女達はついさっき中年男性と一緒にこの角を曲がったはずである。なのに、今、目の前にいるのは彼女達だけ。中年男性の姿はない。 「さあ行こうか、澄香。」 「うん。」 翔子に言われ、澄香はうなずく。そのまま、彼女達は二人の探偵の脇をすりぬけ立ち去ろうとする。 「君達、さっき痴漢していた男はどうした?」 彼は彼女達に問う。 「さあ、知らないわ。どっか言っちゃったみたいだし〜。」 翔子がとぼける。 「あの、私達、急ぎますので。」 澄香も、翔子をせかすようにして立ち去ろうとする。この場合、どう考えても彼女達が中年男性に何かをしたに違いないのだが、何しろ証拠がない。証拠もないのに彼女達を引き止めるわけにはいかない。 「用がないならどいてよ。」 翔子に言われて、先輩探偵が道をあける。 「ちょっと待って。お願いだ。頼みを聞いてくれ。」 彼はとっさに叫んだ。この時彼の頭の中にはある突拍子もない考えが浮かんだのだが、あまりにも突拍子もないので自分でもそれが信じられない。そのため、彼は一つの賭けに出た。 「これを踏んでみてくれないか。」 彼は探偵の命ともいえる捜査資料をアスファルトの上に置いた。 「ん?なに、これ?どういうつもり?」 翔子が尋ねる。 「歩き方のチェックだ。厚底靴やヒールの高い靴を履いている女性は、足に無理な歩き方をして、将来足の病気になる可能性のある人が多いんだ。だから、靴底の磨り減り方でそれを調べたいんだ。協力してくれるか?」 「分かったわ。そんなことなら簡単よ。」 翔子はブーツを履いたまま両足で紙の上に乗り、しっかりと踏みしめた。 「澄香も踏んで、見てもらいなよ。」 翔子に言われて澄香もブーツのまま紙を踏みしめた。 「これで良いのね。」 翔子が紙から降りた。 「ああ。ありがとう。」 彼は翔子の靴跡が残った捜査資料を拾い上げた。 「おい、どういうつもりだ。」 先輩が彼を叱りつける。大事な資料を踏ませるなんて言語道断だ。しかし、彼はわずかな勝算に賭けていた。 「血液反応ですよ。もしくはDNA反応。先輩、いつも言っていたじゃないですか。髪の毛一本、足跡一つ見逃すなって。もしこれで彼女の靴跡から血液反応でも検出されれば、行方不明事件の重要な参考人になりますよ。」 「そうか。試してみる価値はあるな。」 先輩は彼の背中をたたいた。 澄香はブーツで紙を踏みしめたまま動かずにいた。二人の探偵が「血液反応」というのを聞いて、身動きが取れなくなった。 ついさっき澄香は、痴漢を小さくして踏み潰したばかり。だから、今踏んでいるこの紙にははっきりと彼の血痕が足跡に残っているだろう。この紙を証拠として持っていかれては、今まで秘密にしてきた光線銃の秘密がばれてしまう。何としても秘密は守らなくてはならない。澄香は必死で考えた。 「どうしたの、澄香?」 様子がおかしいのに真っ先に気がついた翔子が尋ねる。 「どうしよう。さっきあいつ、踏みつぶしたじゃない。足跡調べられたら、秘密がばれちゃうよ。」 「こうなったら、あの二人も処分するしかないよ。」 彼らに聞こえないように、翔子は小声で答えた。 澄香が足をどかすと、彼はすぐに紙を拾い上げた。そして、澄香の靴跡に混じって赤黒い血の跡を確認した。 「やったー!先輩、やりました。この血痕がきっと動かぬ証拠になります!」 「よくやった。」 先輩は彼を賞賛した。彼は賭けに勝ったのだ。2人の女子大生が行方不明者を踏み潰して処分している証拠を見つける賭けに。 「あななたち、さっきの痴漢がどうなったのか知りたいのよね。」 翔子が二人の探偵に話しかける。 「どうなったのか、教えてあげようか?」 翔子に言われて、彼は耳を傾ける。だが、先輩探偵は違った。容疑者が自信たっぷりに話をする時は何か裏がある。用心してすぐに逃げ出せる体勢をとった。 「実はね、さっきの痴漢、小さくして踏み潰しちゃった。あはは。人間を小さくして踏み潰すのってすごく気持ち良いよ。」 翔子が笑う。だが、彼は耳を疑った。さっき自分で推理を組み立て、間接的な証拠を得たとはいえ、にわかには信じられない。 「あの、『小さくして踏み潰す』ってどう言うことですか?」 おずおずと彼は尋ねた。 「それはね、実際にやってあげる。ね、澄香。」 「ええ。」 澄香は光線銃を取り出すと、二人の探偵へと向けた。 「逃げろ!」 先輩探偵が叫ぶ。だが、時すでに遅し。 「もう、間に合わないわよ。」 澄香はそう言うと、光線銃を照射し、二人の男を100分の一に小さくした。 「これで分かったでしょ。あたし達が何をやったか。」 翔子が小さくされた男たちに向かって言う。彼らはわけもわからず目の前の巨大な女性を見つめていた。 「さっきの痴漢も、こんな風に小さくして踏み潰したの。女の子の体を触った罰ね。」 澄香が彼らを見下すように言う。 「ちょっと待て。さっきの男は痴漢じゃない。あれはお前達の勘違いだ。」 先輩探偵が口を開く。探偵たるもの敵の術中に落ちたら、無事に生き延びる方法を考えなくてはならない。 「勘違いじゃないわよ。あたし、触られたもの。被害者がこう言っているんだから間違いないでしょ。」 「だから、それが勘違いだ。痴漢はあの男じゃなくて、別の人間だったんだよ。」 「いいじゃない。そんなこと。」 翔子が口を挟む。 「紛らわしいところに立っていたあのオヤジが悪いのよ。それに、触られた仕返しとして、代わりに踏み潰されたってことでいいじゃない。」 「良くない!」 はじめて彼は口を開いた。 「俺の親父も行方不明なんだ。もしかして君らが…。」 「さあ、今まで何十人も踏み潰してきたからね。あんたの親父がいたかどうかなんて、分からないわよ。それにあたし達、罪のない人は踏み潰したりしないもの。あくまでも踏むのは女の子に悪いことをした人だけ。もしかして、あんたの親父も痴漢をした罰として澄香に踏み潰されたかもね。あはは。」 「冗談じゃない!俺の親父は、そんな事をする人間じゃない!」 「分からないわよ。痴漢ってけっこう意外な人がするって言うし。」 「ふざけるな!勝手に人を殺したりして、そっちこそ犯罪じゃないか!」 「落ち着け。」 興奮する彼を先輩がなだめる。この場合、相手を刺激して怒らせてはならない。 「たぶん、お前の親父は今回みたいに冤罪で彼女達に踏み潰されたんだ。証拠は上がっているんだから後は警察に任せて法の裁きを待つしかない。」 先輩に言われて、彼は黙って澄香と翔子をにらみつけた。 「もう、言うことはないね。」 翔子はそう言うと、右足を持ち上げた。そして、そのまま先輩探偵に踏み降ろす。小さな彼らにとって、翔子のブーツは凶器以外のなにものでもない。先輩探偵は逃げる間もなく翔子のブーツに踏み潰されて命を落とした。 「本当、ストーカーみたいにつけまわした上に、ごちゃごちゃとうるさかったわ。」 澄香も彼の頭上にブーツをかざす。彼の視界に澄香の巨大なブーツの黒い靴底が広がる。靴底には傷や汚れに混じって、明らかに人間のものと思われる肉片が凸凹に挟まっていた。その光景を最後に彼は巨大な荷重を受けて踏み潰された。 父親の仇を狙う彼の夢は、あと一歩と言うところで打ち砕かれた。 「さあ行こうか、澄香。」 「うん。」 翔子に言われ、澄香はうなずく。澄香と翔子は、男を踏み潰したブーツを鳴らして夜道を歩いていく。 「ねえ、翔子。あいつらの言っていた冤罪って本当かな?」 「さあ、知らない。触られた澄香が一番良くわかるでしょ。」 「それが、分からないのよ。あの時は気が動転していて、こいつが犯人だと思ったけど。今となっては…。」 「まあ、気にしない事だね。ばれなきゃいいんだから。」 「そうだね。」 澄香と翔子は、踏み潰した男のことなどすっかり忘れ、歩いて行った。彼らの残骸も彼女達の靴底で踏み散らされ、跡形もなくなってしまった。 だが、一人の冤罪被害者と二人の探偵が亡くなった事実は消えない。 |