翔子の略奪愛

作:大木奈子

 合コン。それは男と女の出会いの場所。しかし、全ての人がうまく出会えるとは限らない。特に男の人数の方が圧倒的に多いと、男性にとっては悲惨な状況になる。うまく結ばれるのはごく一部の人だけ。残りの人達は高い会費を払って参加したのに遊び半分で来た女達に軽くあしらわれ、彼女達が口のうまい男に口説かれているのを遠くから眺めるだけ。出費のわりには得るものが少ない。いまだに合コンの世界では女性優遇が続いている。
 だがこれだけ女性優位な状況にあってさえ、誰にも相手にされない女性もまた、寂しい思いをしているのだ。

「ねえ、澄香。本命は誰にした?」
 翔子が澄香に尋ねる。例によって女子トイレの中。男たちは自分以外の人をみんなライバル視して孤独な闘いを強いられるのに対して、女たちは協力して言い寄ってくる男性のふるい落としをしている。
「うーん。今回はパスかな。今一つお目当ての人がいないのよね。」
 澄香は物足りないといった顔をする。
「澄香は理想が高いからね。それより、あたしは今日は絶対に本村君。もう、彼しかいないって感じよ。」
 翔子が目を輝かせて言う。
「いいんじゃない。彼は悪い感じしないし。」
「でしょ、澄香。でも、彼はあたしのものだから、取っちゃだめだよ。」
「わかった、わかった。」
 澄香は軽くうなずいた。

 合コンも佳境に入り、いよいよ告白タイムがやってきた。告白できるのは男性のみ。女性は告白してきた男性の中からしか選ぶことができない。とはいえ、この制度は誰も選ぶつもりもなく遊び半分に参加した女にとっては、男性の心をもてあそぶことができるのでありがたい制度だと言える。
 いよいよ翔子のお目当て、本村の番がやってきた。現在のところ、告白成功率は2割程度。澄香はすでに2人の男性から声をかけられているが、2人とも断った。一方の翔子はまだ、誰からも声をかけてもらっていない。
 本村は他の女性達からも好印象を持たれたらしく、告白相手が誰になるのかみんなが注目している。本村が一歩前に出た。
「僕は、君とお付き合いしたい。」
 意外にも、本村が選んだのは澄香だった。
「え!?」
 予想外のことに戸惑う澄香。翔子のために本村にはわざと冷たい態度をとっていたので、まさか自分に来るとは思っていなかった。
 翔子の冷たい視線が突き刺さる。と同時に、他にも本村を狙っていた人がいたらしく、数人の女性から嫉妬のまなざしを向けられる。
「君みたいなガードの固い女が、僕は好きなのさ。」
 普通ならさっきの2人と同じように、「ごめんなさい。」と冷たく拒む澄香だが、みんなが狙うようないい男が自分に告白してくれたことに澄香は舞いあがっていた。
「友達としてならいいです。」
 もうしばらく優越感に浸っていたい。その気持ちがこの言葉となって現われた。

「ひどいじゃない、澄香!」
 翔子の怒った声が聞こえる。告白タイムが終わって余韻が冷めたころ、2人は人目につかない廊下の奥で話していた。
「本村君は私のものって言ったじゃない。なんで、彼に色目を使ったのよ。」
「使ってないわよ。彼にはできるだけ冷たくしたってば。彼が勝手に私の魅力にひかれてきただけよ。翔子こそ彼の前でエッチな話をしすぎたんじゃないの?」
「ひどーい、澄香。自分がちょっとモテるからって。自信過剰もいいところよ。」
「そんなつもりじゃなくて…。」
「じゃあ、何?あたしが女として魅力がないってこと?どうせ、私は誰からも選ばれませんでしたよ。」
 翔子が感情的になる。こうなるとやっかいだ。
「だいたい、何で女のほうから告白しちゃいけないわけ?人任せに待っているだけなんておかしくない?絶対セクハラだよ!」
「でも翔子。それでフラれたりしたら…。」
「当たって砕けろでしょ。男の子から声をかけてもらうのをただ待っているよりずっと良いと思うけど。」
「うーん。」
 確かに翔子の言うことも一理あるが、やはりフラれるのは怖いし、自分から告白するとなるとまじめに男性を選ばなくてはならない。遊び半分で参加するにはやはり男に告白させてそれを断わるという、現在の形が一番好ましい。
「遊び半分で合コンに来ても男の子からいつも指名される澄香はいいよ。でも本気でいい男を捕まえようとしても誰にも相手にされない、寂しい思いをしているあたしの気持ちなんか澄香に分からないでしょ。」
 確かに翔子は誰からも指名されなかった。3人の男から告白されて舞いあがっている澄香に、翔子の気持ちはわからない。
「ごめんね、翔子。選ばれるのは、女として素敵かどうかじゃなくて、男の子が気に入るかどうかだから…。」
「ねえ、澄香。あたしのことかわいそうだと思う?」
 うつむき加減に翔子が言う。いつもと違う翔子の様子に、澄香は戸惑った。
「それは…、多少は。」
「ねえ、澄香。あたしのこと助ける気はない?」
 やはり翔子はうつむき加減のまま。
「うん。いいわよ。翔子のためならなんだってする。」
「本当に?」
「うん。」
「じゃあ、光線銃貸して!」
 翔子が顔を上げた。その顔には先程とはうってかわって、いつもの笑顔が浮かんでいる。
「え?ちょっと、何に使うの?」
「本村君、奪い取るのよ。どうせ澄香と友達になったって、エッチもさせずに捨てるんでしょ。だったら、私とエッチした方が良いに決まっているじゃない。」
 もう、すっかりいつもの翔子に戻っている。この変わり身の早さが翔子のとりえだ。毎度のことながら、澄香は翔子のペースについていくだけで精一杯だ。
「それはそうだけど、光線銃は必要ないじゃない。」
「普通にやってだめだったから、光線銃使うんじゃない。小さくしてベッドに連れこみ、元に戻してから無理矢理…。」
「翔子ったら、それって強姦罪だって!」
 澄香があわてて止める。
「女が同意すれば、犯罪にならないから平気よ。それとも、『彼は私のものだから譲れない』とでも言うの?」
「そうじゃないけど、この光線銃は本来は護身用で、そういう用途に使うのはちょっとどうかなって。」
「だったら、なおさらいいじゃない。彼はこんなに熱心にモーションをかけたあたしを無視して、澄香を選んであたしの心を傷つけたのよ。傷ついたあたしの心を守るため、お仕置きの意味もこめて小さくしても良いんじゃない。」
「それはそうだけど。」
「なによ。まだ文句あんの?女の気持ちを踏みにじるなんて、立派な性犯罪じゃない。それとも、あんたはこのあたしの心の傷がわからないの?」
「わかったわよ。だだし、翔子、条件をだすよ。用が済んだら彼をちゃんと元に戻して釈放してよ。それと、光線銃の秘密を彼にはわからないようにしてね。」
「まかせなさいって!」
 さすがに今回は翔子がかわいそうだったので、澄香は不安を感じながらも翔子の作戦にのることにした。

 澄香と翔子は物陰に隠れて、本村が合コン会場から出てくるのを待った。本村が一人になったところで遠くから小さくして、それから拾い上げるという作戦だ。これなら、本村はどのような方法で小さくされたのかわからないはずである。
「失敗しないでよね。」
 澄香が小声で翔子に声をかける。今回光線銃を撃つのは翔子だ。
「大丈夫。自分の男くらい、自分できちんと奪い取るから。」
 翔子の「大丈夫」という言葉ほど大丈夫じゃないものはないのだが、今回に限り澄香はおとなしく見守るしかなかった。

 ちょうどその頃、本村は仲間の男達と会場の出口の近くまで来ていた。
「おい、本村。もう帰るのか?」
 彼の仲間の一人が声をかける。
「ああ。もう、彼女から電話番号も聞いたし、次に会う約束もしたしな。」
「いいよなあ、本村は。俺なんて今回も見事玉砕だぜ。せっかく高い金払ったのによ。」
「がっかりするなよ。なんだったら、今度の女、分けてやってもいいぜ。」
「マジかよ。お前、あいつ一筋で行くんじゃないのか?」
「バカ言え。俺は、ガードが固い女を切り崩してエッチに持っていくのが好きなだけだ。どんなに男をもてあそんだつもりでも、結局は女は男に征服されるものだってことを思い知らせてやるのさ。だからエッチさえしちゃえば、もう用なしだぜ。」
 本村が先ほど女性たちの前で見せていた顔と全然違う顔を見せる。
「というわけで、用が済んだから先に帰るぜ。あばよ。」
 本村は一人で先に会場の出口をくぐった。その先に翔子達の罠が待ち構えていることも知らずに。

 本村が出てきたのは、物陰に隠れていた翔子達の目にも入った。しかも、彼の他には誰もいない。こんなチャンスはめったにない。
「今よ!」
 澄香に言われるまでもなく、翔子は光線銃を照射していた。
 本村はまぶしい光に包まれ、100分の一に縮められた。しかし、彼自身は何が起こったのか分からず、ただ呆然としているだけだった。
「やった!成功よ。」
 翔子は澄香に笑いかけると、ゆっくりと本村のいる場所へと向かった。

 とその時、一人の女性が出入り口から飛び出してきた。
「本村くーん!」
 わざとらしいまでの猫なで声を出す。ちなみに彼女も本村を狙っていた女の一人。パーティドレスのような真っ赤な、ど派手な衣装。合コンというより結婚式の花嫁スタイルと言ったほうがいいかもしれない。
 彼女は外に出ると、本村の姿を探して周囲を見渡す。
「おかしいなあ。彼どこに行ったのかなあ?」
 彼女が一歩足を踏み出す。その足が小さくされた本村を直撃した。ちなみに彼女が履いているのは赤いハイヒール。真っ赤なロングスカートと赤いハイヒールの組み合わせだ。ヒールの高さは7〜8cmくらいで、ヒール部分は鉛筆の先のように細い。本村はヒールの部分ではなく、つま先のほうで踏まれた。
 小さくされた本村にとって彼女の体重はあまりにも重すぎた。固いハイヒールの靴底によって浴びせられた彼女の全体重により、何が起きたか分からぬうちに小さな彼の体は踏み潰されてしまった。

「ああ!!!」
 思わず翔子が大声をあげる。目の前で自分の大事な人を踏み潰されたのだ。冷静でいられるわけはない。
「何よ。うるさいわね。」
 彼女がチラリと翔子を見る。
「そうだ、あんた、もしかして本村君知らない?」
 残酷にも彼女が翔子に尋ねる。彼は彼女の靴底で潰れているのだが、彼女は全く気づいていない。何かを踏んだという感触は彼女にもあるはずだが、気にするほどのものではないと思っている彼女は、自分が踏んでいるものを確かめようともしなかった。当然それが小さくされた本村であると思うわけはない。
 翔子はそのことを教えようとしたが、光線銃の秘密を守らなければならないので教えるわけにもいかない。仕方なく、ただ黙って彼女の足元を見つめるしかなかった。
「知らないのね。あんたも彼を狙っていたのかと思ったけど、知らないのならいいよ。」
 足元ばかり見ていて返事もしない翔子に愛想を尽かした彼女は、本村を踏みつけた足を軸にグリッと向きを変えるとあきらめて中へと戻っていった。
 後に残るは無残に潰れた本村の残骸のみ。ただ踏まれただけではなく、ひねりまで加えられたので見るも無残な変わり果てた姿になっていた。

「本村君…。」
 翔子がしゃがみこんで、潰れた本村の残骸を見つめる。光線銃で彼を小さくして、さあこれから、という矢先に踏み潰されたのだ。そのショックは計り知れない。
「翔子、大丈夫?」
 澄香が近づいてきて声をかける。翔子の背中が小刻みに震えている。
「澄香…。」
 しゃがみこんでいた翔子がゆっくりと立ちあがる。
「なんであたしとエッチする前に踏み潰されちゃうのよ!ひどすぎるよ!」
 澄香に背を向けたまま翔子は彼の残骸に足を乗せると、何度も何度も踏みにじった。
「ねえ澄香。」
 ひとしきり彼の残骸を踏みにじると、翔子が振り返る。
「あの女、光線銃で小さくして踏み潰していい?」
 翔子の目には狂気の光が宿っている。
「ダメよ、翔子。女の人はかわいそうじゃない。これから社会に出るといろいろと差別を受けて損をするのよ。せめてこういうところで見逃してあげて、女に得なことをしておかないと。」
「澄香は我慢できるの?大事な人が踏み殺されたのよ。エッチも出来ずに死んじゃうなんてかわいそうな本村君。そしてもっとかわいそうなあたし。」
「ちょっと落ちついてよ。」
 澄香が翔子から光線銃を取り返す。
「それは確かに彼を踏み殺されたのはくやしいよ。でも、彼女もわざと踏んだわけじゃないから見逃してあげようよ。ね、いい男はまた探せばいいんだから。」
「うーん…、わかった。そうね。」
 翔子がようやく何か吹っ切れた表情を浮かべる。この切り替えの早さが翔子のとりえだ。
「そうと決まれば、澄香、来週も合コンよ。再来週もその次もね。いい男つかまえるまで付き合ってもらうよ!」
「ええー!やっぱりそう来るか?」
「当たり前よ。そうと決まればルックスに磨きをかけるのよ。合コンに備えてメイクの練習よ。今から、薬局に行って化粧品買うよ。」
 翔子に引っ張られるような感じで二人は走り出した。

 あとに残るは翔子に何度も踏みにじられて地面の汚れと化した本村の残骸のみ。合コンで女を捕まえ、さあこれからという時に、突然彼に襲いかかった悲惨な最期であった。まさか今日が自分の最期の日となるとは、本村は思いもしなかっただろう。
 彼の残骸の跡は合コン会場から出てくる人々に踏み散らされた。踏んでいった人の中には、無事に男と結ばれ幸せいっぱいの女もいた。幸せをつかんだ人もいれば、命を失った人もいる、ある日の合コンでの出来事だった。

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