オヤジ狩り

作:大木奈子

 「頼む。お金は渡すから、鍵とカードは返してくれ!」
必死に懇願する中年男性に、少年達はあざ笑うかのように暴行を加える。
「うるせえ!全部よこせってんだよ。俺たちに逆らうとこうだぞ!」
ドカッ!バキッ!
鉄パイプや金属バットで殴りつける音と中年男性の悲鳴が、人通りのない夜の街に響く。
「お願いだ。私が死んでしまったら、ただでは済まないのをわかっているのか?」
「バカじゃねえの?俺たちはまだ未成年。何をやっても顔も名前も公開されないんだよ!」
必死に説得する中年男性の行動も、彼らの暴行をエスカレートさせるだけだった。

「何の音かしら?」
たまたま近くを通りかかったのは、風祭澄香と前島翔子。二人は大の親友で、澄香は人間を100分の一に縮める光線銃を持っている。
「どうやら、オヤジ狩りのようね。」
翔子が様子を見ながら言う。学生とは思えないような厚化粧に派手な格好。男の目を引くような派手な柄のミニスカートに、厚底ロングブーツ。これが翔子の定番スタイルだ。
「ふーん。なんだ。」
澄香は興味ないといった表情を浮かべる。翔子とは正反対に、一見するとお嬢様っぽく見える澄香。黒革のミニスカートにロングブーツをはいているが、翔子のように遊び人という雰囲気は感じさせない。
「チャンスじゃない、澄香?ああいう悪い奴は小さくして踏み潰しちゃっても、文句言われないわよ。」
翔子が澄香の腕を捕まえる。だが、澄香は首を横に振る。
「やめましょう。オヤジ狩りは、私達にとっては悪い事じゃないもの。痴漢のほうがずっと許せないわ。」
「澄香ったら、あんたの行動基準は何なわけ?痴漢が許せなくて、人から物を奪い取るのは許せるの?」
「うん。痴漢は許せない、絶対に死刑にするべきよ。でも、男が男から物を奪ったりするのは、私達に迷惑かからないもん。それほど厳しく罰しなくてもいいと思うよ。でも、女から奪い取るような卑劣な犯人は別だけどね。」
「えー!?何か少し意見がかたよっている気がするけど。」
「いいの。とにかく早く帰りましょう、翔子。」
「せっかくの獲物を前にもったいないけど、澄香が言うなら仕方ないや。今回は見逃してあげるか。」
澄香と翔子は何も見なかったかのように、オヤジ狩りの現場の脇をすり抜けて行った。

 このまま澄香たちを見過ごせば、彼らも罰が当たらずに済んだのだが、運悪く少年グループの一人が通り過ぎて行った澄香たちに声をかけた。
「おい。おまえら!」
呼びとめられた澄香たちは、足を止めた。
「おまえら、俺たちがやったこと、見ていただろう!」
彼はドスをきかせて脅しをかける。澄香はびっくりして何も言えなくなるが、こういうタイプの人間との付き合いの多い翔子は全く動じない。
「ええ。見たわよ。でも、今回は見逃してあげる。」
「見たって?それはいかんなあ。俺たちのやったことを知ったら、どうなるかわかっているだろうな。」
「やめときなよ。せっかく澄香が、あんたたちのことを助けてあげると言ってるんだから、おとなしく引き下がったら?」
翔子が相手を小ばかにした口調で言う。せっかく脅しをかけているのに、びびるどころかバカにされては、男として面白くない。何がなんでも征服してやろうという気になった。
「てめえら。人がおとなしくしていりゃいい気になりやがって!」
彼は鉄パイプを振りまわす。身の危険を感じた澄香が光線中を取り出そうとした時、意外なところから救いの手はやって来た。
「おい、やめろ!女に手を上げるんじゃねえ!」
格好良いセリフを吐いたのは、少年たちのリーダー格の男だった。
「俺は女をいたぶるのは嫌いだ!」
じゃあ、男をいたぶるのは好きなのか?と突っ込みたくなるが、男慣れしていない澄香は一発でほれてしまった。
「ちょっと、格好いいじゃない…。」
澄香のこの一言を、彼らは、聞き逃しはしなかった。
「お嬢さん方、要は口止め料が欲しいんだね。」
リーダー格の男はなれなれしく近寄ると、澄香と翔子の肩を組む。そしてそのまま歩き出す。
「他人の秘密を知ったら、しゃべりたくなるのは良くわかる。でも、しゃべられては困るんだ。俺たちは警察のやっかいになるつもりもないし。それに、これは女の子と遊ぶための資金稼ぎさ。君らにも一部を還元してあげるから、黙っていてね。」
リーダー格の男は優しくささやくように言う。女遊びに慣れている男がよく使う手だ。

「わかった。商談成立ね。」
顔を赤らめて男を見つめている澄香に代わって、翔子が言う。
「で、何をおごってくれるわけ?さっきのオヤジ、けっこう金持ちそうに見えたけど。」
「こうしよう。俺たちからのプレゼントは、豪華ホテルの旅と、精子でどうだ?」
化けの皮がはがれたリーダー格の男は下品に笑う。
「精子?つまりは、ラブホテルでエッチしたいだけなのね。だってさ、澄香。どうする?格好いい彼氏が誘っているよ。」
翔子は澄香の意見をうかがう。
「そんな、いきなりは困ります。まず、合コンか何か開いて、それから遊園地で…。」
突然話を振られて澄香はしどろもどろになる。
「うるせえ!何を言おうと、俺たちからの口止め料は受けとってもらう!女なんて、無理矢理やっちまえば、恥ずかしくて何も言えなくなるんだよ!」
彼らは、見事な連携プレーで澄香たちを取り囲む。最初から彼らの目的はこれだったのだ。取り囲む輪を徐々に縮めて行き、いよいよ手が届きそうになる。まさに絶体絶命!

 澄香はとっさに光線銃を取りだし、少年たちを100分の一に縮めて難を逃れた。

「…6、7、8。全部で8人ね。」
翔子が楽しそうに数える。一度は澄香に断られて無理かと思った踏み潰しが、これから楽しめるのだ。しかも8人も。今までにこんな多人数を踏み潰した事はない。
 楽しそうな翔子に対し、澄香はまだ恐怖と怒りに震えていた。
「許せない!ちょっと格好いいと思ったのに、いきなりエッチなんて!」
おとなしい澄香が大声を出す。よっぽどショックだったのだろう。
「いいじゃない、澄香。タイプだったんでしょ、女に優しい男が。だったらエッチしたってかまわないじゃない。あたしはけっこう乗り気だったけどな。」
「物事には順番ってものがあるでしょ。まずは合コンでおごらせて、次に食事とカラオケをおごらせて、遊園地で…。」
「で、さんざん男の子に貢がせたあげく、エッチの前に捨てちゃうのね。それじゃあ澄香、男の子がかわいそうすぎるよ。」
「翔子ったら、人聞き悪いこと言わないでよ。本当に私にふさわしい男かどうかふるいにかけているだけなんだから。その過程を飛ばしていきなりエッチしようとしたから、罰が当たったのよ。」
「わかった、わかった。とにかく、せっかくこれだけの人数を小さくしたんだから、楽しんで踏み潰しましょう。」
翔子は足もとのこびと達に目を移した。

 一方のこびと達。突然強い光を浴びた後、景色が変わり、面食らっていた。だが、目の前にそびえ立つ巨大なブーツと、はるか上空から聞こえてくる巨大女性の会話から、自分達が小さくされたことだけはわかった。
 なぜ生身の人間が小さくなったのか?そんなことは彼らにとってはどうでもいい。これから強姦しようと思った女たちに小さくされて、足元にいることが我慢できなかった。
「ちくしょう!何が起きたんだ?」
叫んだところで事態が好転するわけはない。
「こうなったら、力ずくでもあの女どもを従わせてみせる!」
冷静な判断力を失ったリーダー格の少年は、無謀な突撃命令を出した。彼らの狙うのは、澄香。厚底ブーツの翔子だと、ブーツの土台の高さが身長の倍以上あるのでまったくのお手上げだが、澄香ならどうにかなると思ったからだ。
 しかしそれさえも誤算であった。もし澄香が素足にサンダル履きだったなら、金属バットやライターの火で多少のダメージを与える事はできただろう。だが、ロングブーツはしっかりと彼女の足を包みこみ、守っていた。そのため、彼らは澄香の足に傷一つつけることさえできないでいた。

 翔子が足もとの彼らを見たのは、まさにこの時だった。
「あはは。見てよ!澄香の足もとでこいつら遊んでいるよ。」
彼らは鉄パイプやバットで攻撃しているのだが、ブーツの表面に傷一つつけられない以上、遊んでいると見られても仕方がない。
「やだー!私の靴を汚さないでよ。」
澄香は足を上げると、こびと達の群れをいきなり踏みつけた。何人かのこびとが逃げる間もなく澄香のブーツの底に消えていった。ブーツの靴底を通してこびと達が潰れる感触がした。
「あ!澄香、ずるい!」
翔子があわてて止める。
「一人で全部踏み潰さないでよ。まったく、もう!」
「ごめん、翔子。ちょっと、こいつら許せなかったから。」
澄香が足をどかす。そこにはブーツの靴底の模様にぺったんこに潰れた5人のこびとの残骸が転がっていた。そのおぞましい光景を見せつけられた残り3人のこびと達は、恐怖のあまり震えあがっていた。履いている人にとっては足を守ってくれるありがたいブーツも、踏まれる側の小さな生き物たちにとっては恐ろしい凶器でしかないのだ。妖しげな黒い光沢を放つ巨大な本革のブーツを前に、彼らは恐れを抱いた。

「まあ、いいわ。残った3人は私の獲物ね。」
翔子はしゃがみこむと、彼らに聞こえるようにはっきりと言った。
「みんな、聞こえる?今から全力で逃げなさい。一番遅い人を踏み潰すから。」
これを聞いた彼らは青くなった。彼女たちは、もうすでに5人も仲間を踏み潰している。だから、彼女の言う事はおそらくは本当だろう。慌てた彼らは、助かる方法を模索するため、時間稼ぎにでた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待たない。それじゃあ、よーい、ドン!」
彼らの作戦を見破ったのか、翔子は有無を言わさず問答無用でスタート命令をかけた。
「ひえ〜!」
3人のこびと達は一目散に駆け出す。とにかく今は他の二人より速く走って自分だけでも助かるしかない。こびと達の連帯感はもろくも崩れ去った。
「ほら、走るの遅いぞ!」
疲れてペースが落ちてきたこびとを、翔子が後ろからブーツであおる。踏まれてはたまらんと、ペースを上げるこびと達。そんなことが何回か続いたが、ついに一人のこびとに限界がきた。急に走ったため腹痛を起こし、ペースが上がらなくなった。
「もっと速く走らないと、踏み潰しちゃうよ!」
だが、彼は腹痛でこれ以上速く走れない。いっこうにペースが上がらない彼に、翔子は冷たく言い放った。
「はい、そこまで!約束通り、一番遅い人を踏み潰します。」
翔子は、腹痛で走れなくなったこびとを、厚底ブーツで踏みにじった。

 残されたのは、偶然にも最初に澄香達に声をかけた男と、少年達のリーダー格の男だった。全力疾走で疲れ果てていた彼らは、目の前でもう一人の仲間が踏みにじられるのを見て、改めて恐怖を感じた。
 このままでは自分達が踏み潰されるのも時間の問題だ。彼らは、意地もプライドも投げ捨て、命乞いをした。二人で土下座をして大声で叫んだ。
「お願いです!助けてください!」
「もう、オヤジ狩りはしません。奪い取ったお金は全部働いて返します。警察にも自首します。だから、踏み潰さないでください!」
頭を地面にこすりつけて必死で謝る二人のこびと。その様子が翔子たちには非常にこっけいに見えた。
「見てよ、澄香。こいつら謝っているみたいよ。さっきまでさんざん威勢がよかったくせに、おっかしいの。あはは!」
「謝るくらいなら、最初からやらなければいいのに。本当にバカね。」
 巨大女性に何を言われようと、二人のこびとは謝りつづけた。彼女達の許しをもらって元の大きさに戻してもらう以外に、彼らに助かる道はないのだから。

「どうする、澄香?こいつら必死で謝っているけど。もっといじめる?」
「こいつらが謝っているのは、オヤジ狩りだけでしょ。私が怒っているのはそんなことじゃなくて、女を見るとエッチの対象としか考えないこいつらの態度よ!」
澄香のこの一言は、こびと達にとってショックだった。自分たちが小さくされたのは、オヤジ狩りの罰が当たったのではなく、口封じに強姦しようとした罰だったとは。女を、金をつぎ込みホテルにつれこんでエッチする対象としか見ていなかった彼らにとって、その生き方を真っ向から否定する一言だった。
「そんな…。」
彼らは何も言えなくなった。女とやるために危険を冒してオヤジ狩りまでしたのに、それを否定されては生きている理由もない。

 だが、彼らは幸運だった。
 コツ、コツ、コツ…。
 誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。誰でもいい。とにかく小さくされた自分達に気づいてくれて、6人の仲間を踏み殺した彼女達の罪を告発してくれればこんなありがたい事はない。
「へっ!俺達はついてるな。誰か助けに来てくれたぜ。おまえらは、6人も俺達の仲間を殺しているんだから、たたじゃ済まないぜ!」
彼らは精一杯強がってみせる。それを聞いていた翔子はあきれ果てた。
「何言っているの?私達もまだ19歳で、未成年なの。たとえばれても、顔も名前も載らないのよ。」
「うっ!」
お株を奪われた彼らは慌てた。だが、絶望的な状況ではない。無念の死を遂げた仲間たちはの弔いは無理でも、通行人に気づいてもらえば自分達だけでも助かる。
 しかし、かすかな望みをつないだ彼らに、翔子がとどめをさした。
「それにね、誰にもばれなければ良いのよ。つまり、証拠隠滅。もう少し遊んであげたかったんだけど、残念ね。」
翔子は足を大きく持ち上げると、二人のこびとの頭上に振り下ろした。
 翔子の言葉の意味を理解した時、すでに彼らの頭上には巨大な厚底ブーツの靴底が迫っていた。逃げる間もなく、彼らは巨大な翔子の体重を受け、その短い生涯を閉じた。

「さあ、澄香。行きましょう。誰かに見つかる前に。」
「そうね。」
澄香と翔子は、何事もなかったかのように夜の街へと消えて行った。

 地面に残ったかすかなシミが少年達の生存した証だったとは誰も思うはずはない。そのまま道ゆく人々に踏み散らされて、彼らの存在したわずかな痕跡さえも消えてしまった。

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