セクシャルハラスメント

作:大木奈子

「ねえ、ねえ、彼女達。暇なら遊んで行かない?」
夜の繁華街。2人の女子大生が暇そうに突っ立っていると、10分に一度はナンパ目的で声をかけられる。
「ごめんね〜。今日は待ち合わせなんだ。また今度誘ってね〜!」
翔子が明るくかわすと、
「ちっ。男連れかよ。」
彼は舌打ちして去って行った。

 繁華街で待ち合わせをしている二人の女子大生は、風祭澄香と前島翔子。彼女達は、人間を100分の一に縮めることのできる光線銃を持っていて、実際に何人かの男を小さくしたことがある。
「それにしてももったいないよね。これで3組目だよ。あんなに男達が次々に声かけてくるのに、小さくして踏み潰すことができないなんて。」
翔子が不満そうに声をかける。
「しょうがないよ。今日は待ち合わせなんでしょ。やたらと人間を小さくして騒ぎを起こすわけにもいかないでしょ。」
澄香がなだめる。それでもまだ翔子は欲求不満のようだ。
「運の良いナンパ男だなあ。私達に声をかけて、そのまま何事もなく帰れるなんて。」
「それより翔子、今日の待ち合わせの相手って誰なの?」
さりげなく澄香は話題を変える。
「前に言わなかった?インターネットで知り合ったOLだって。セクハラ上司に困っていて何とかして欲しいって言うから、私達が助けてあげるのよ。」
「ええ!?」
澄香がびっくりして尋ねる。
「何であたし達が他人のセクハラ問題に首を突っ込まないといけないのよ?だいたい助けるって、翔子はセクハラオヤジを説得できる手段でもあるの?」
「ん?セクハラって女性全体の問題よ。他人事だからって放っておくわけにもいかないでしょ。それにセクハラをする人は気が弱いから、そういうことをするの。だから、そんな奴らは小さくして脅かしてやれば、すぐに反省してやめるようになるわよ。」
「ちょっと、小さくするって、翔子…。」
言いかけた澄香だが、すぐに翔子の狙いに気がついた。
「そのために、縮小光線銃を持っているあなたを呼んだのよ。」
今回も翔子のほうが一枚上手だった。

「あたしに相談もなく勝手に決めないでよ。」
澄香がふくれてみせる。しかし、翔子は動じない。
「いいじゃない。セクハラはずべての女性の敵。小さくして懲らしめても全然問題ないわよ。」
「そうだけどさ。翔子がからむようになってから、何かあたし達、空回りしているような気がするのよ。本当に踏み潰されても仕方ないほど悪い事をしているならともかく、そうでない人まで小さくしちゃってない?」
「あはは。そんなことないよ。今回知り合ったOLのお姉さんに今までしてきた事教えてあげたら、すごく評価してくれたよ。性犯罪はだんだんエスカレートしていくんだから、早めに予防するのが鉄則。たかがストーカーやセクハラなどと甘く見ていると大変なことになるから、厳しく処罰するべきだって。この考え方だと、重大犯罪を犯す前に私達が防いであげたんだから、空回りじゃなくて正当防衛よ。」
「そうかなあ?」
「そうよ。あっ。澄香、来たわよ。今回の依頼人。」
澄香が振り向くと、30歳位の女性と、50歳位の男性が一緒にこちらへ歩いて来た。

「遅れてごめんなさい。部長がなかなか仕事終わらせてくれなくて。」
女性のほうがぺこりと頭を下げる。彼女が今回の依頼人だ。
「こちらが問題の関腹部長よ。」
「セクハラ部長?」
澄香が場に似合わない大声を出す。
「セクハラじゃなくて、関腹よ。せ・き・は・ら。」
翔子が耳もとで訂正する。澄香は思わず赤面した。
「すいません。失礼しました。」
「オッホン!誰だね、浦霧君?この失礼な小娘どもは?」
関腹が澄香と翔子をにらみつける。
「部長、気にしないでください。この子達は大学生で、うちの会社の話を聞きたいと言うから、私が呼んだんです。」
関腹の部下でOLの浦霧がフォローを入れる。
「気に食わん。浦霧君がわしを誘うから、二人きりで何か大事な話でもあるのかと思って仕事を早めに切り上げたのに。こんな礼儀のなっていない小娘どもの相手とはな。」
関腹は不愉快な態度をみせる。
「部長。そう言わずに行きましょう。裏通りに良いホテルがあるんです。みんなで行きましょう。」
浦霧を先頭に、四人は人気のない裏道へと歩き出した。

 コツコツ…。女性三人と男性一人は足音を響かせながら夜の闇を歩いていく。裏道に入ったせいで、他に歩いている人はいない。
「まさか罠ではあるまいな?浦霧君」
しばらく歩くと関腹が口を開いた。
「わしが女子大生にみだらな行為をしたとして、訴えるつもりだろう?」
「!」
前を行く浦霧の歩みが止まる。
「やはりな。あれだけわしの誘いを嫌がっていた君が、自分からわしを誘うなんて怪しいと思ったんだ。やはりそうか。そんな手にわしは引っかからんぞ。」
関腹は後ろを向いて引き返そうとする。その関腹の前に翔子が立ちはだかった。
「甘いわね。あなた、女をなめると痛い目に会うわよ。」
翔子が関腹に詰め寄る。
「たしかにこれは罠よ。でも、いくらあなたをはめるためとは言え、私達がみだらなことすると思う?」
「厚化粧ギャルのお前とは、たとえ頼まれたってこちらからお断りだ!」
「失礼ね。そういうのをセクハラって言うんですよ。あなた、浦霧さんにセクハラしていたんですって?」
「セクハラ?何のことだい?私は上司として当然のことをしたまでだが。」
「違うわ!絶対にセクハラよ!」
浦霧が大声を上げる。
「去年までは、かわいい顔して座っているだけで良い。と言って、私が残業しないで帰っても何も文句言わなかったじゃない。なのに今年新人が入ったら、彼女ばっかりかわいがって、私に毎日のように残業をさせるのよ。絶対差別よ!歳とった女は嫌がらせして退職に追い込もうとしているのよ。絶対そうよ。許せない!」
浦霧はこぶしを震わせ、今にも関腹につかみかかろうとしていた。
「待ちたまえ、浦霧君。何で部下に残業させるのがセクハラなんだ?同期の男子社員はみんなサービス残業までしているぞ。君も将来出世したいだろう。なら、ちょっとくらい残業をしてもかまわないだろ。」
「いいえ!じゃあ、何で私にだけ残業させて、新人の女には残業させないのよ!何で最初から私に残業をさせなかったの?若いうちはかわいい顔して座っているだけで良いって言ってたじゃない。なのに、どうして今さら残業をさせるのよ?」
「落ち着きなさい、浦霧君。入社してすぐ残業を嫌がったのは君のほうだぞ。『女の子は合コンが忙しいので早く帰ります。』って。だからわしは、君を残業のない、ただ時間がくるまで座っていれば良い場所に配属したのだ。」
関腹は浦霧を落ち着かせようと近寄る。
「いやあ!来ないで!じゃあ、何で一生そこに居させてくれないの?新人が来たからって追い出すなんて、やっぱりそれは、女は若いだけが売りとしか見ていないのよ!」
「違うんだ、浦霧君。考えてもみたまえ。そろそろ君と同期の男子社員が係長に昇進する年齢だ。同期の男が昇進するのに、君だけ昇進しないとそれこそセクハラになるだろ。あのまま、ただ笑顔で座っているだけでは昇進は難しい。だから昇進してもらうために少しは責任ある仕事をしてもらおうと思って、配置換えをしてもらい残業をお願いしているんだ。」
「うそよ!そんなのセクハラをごまかすためのへりくつよ!やっぱり若い子がいいからって、私を追い出そうと嫌がらせしているのよ。」
浦霧は目に涙を浮かべる。
「信じてくれ!君だって出世したいんだろ。同期の男子社員よりも給料が低いのはいやだろ。だから、しっかり仕事をして昇進してもらいたいんだ。嫌がらせなんかじゃない!」
「信じられないわ。だったら、前の職場で昇進させてくれれば良いじゃない。」
「無茶言うな。あの部署じゃ出世は無理だ。いいかい、偉くなるということは、責任を持つことだ。責任もなく、時間までただ座っているだけで、昇進しようなど虫が良すぎる。」
「それがセクハラよ!女性が、上司の言動がいやだと思ったら、たとえどんな形だろうとセクハラは成立するんですからね、部長!」
「だが…。」
OL浦霧と関腹部長のなじりあいはいつ終わるともなく続いた。

「どうするの、翔子?」
二人に聞こえないように、澄香は翔子に耳打ちした。
「これじゃ、泥沼の戦いに巻き込まれるだけよ。」
翔子も二人の口げんかにうんざりした様子だ。
「しょうがないな。澄香、あの関腹部長を小さくしちゃっていいよ。浦霧さんも、小さくなった部長をいたぶれば少しは気分も晴れて落ち着くだろうから。」
「もう、結局あたしが頼りなのね。」
澄香は、光線銃をとりだし、関腹部長に縮小光線を浴びせた。

「!?」
関腹は声をあげる間もなく100分の一に縮められてしまった。

「あれ?部長、どうなったの?」
興奮している浦霧は、目の前で起こったことがよく理解できないようだ。一瞬強い光を浴びた後、部長の姿が消えていた。では、部長はどこに?
 浦霧は、周囲を見渡す。一緒にいた女子学生2人はさっきと同じ場所にいるが、部長の姿だけ見えない。
「浦霧さん、落ち着きましたか?」
翔子が声をかける。
「部長は?部長はどこに行ったの?」
浦霧がうろたえながら尋ねる。
「下ですよ。足元。」
翔子が示した方向を見て、浦霧は驚いた。なんと、今まで言い争っていた部長が、身長2cmにも満たないこびとになっているではないか。
「浦霧さん。部長が私達にみだらな行為をしたと訴えて出世の道を断つより、小さくなった部長を直接いじめるほうがストレス解消には良いわよ。」
翔子に言われて浦霧は残酷な微笑みを浮かべる。
「なるほど。それは良い考えね。この小さい虫みたいのが部長なわけね。今までの恨みを晴らしてあげる。」
浦霧は、関腹のわずか1cmほど手前に思いっきり右足を踏み降ろした。
 その衝撃と、恐怖で思わず腰を抜かす関腹。彼にしてみれば、巨大なトレーラーが目の前わずか1mほどで急停車したようなもの。まさに、『死ぬかと思った。』という状態である。

 しかし、興奮状態にある浦霧は、関腹の恐怖などこれっぽっちも感じていない。
「今までの恨みよ!」
浦霧は休みなくハイヒールを関腹の目の前に踏み下ろす。あと数ミリずれれば、関腹は固いハイヒールの靴底に踏み潰されるだろう。

 彼は恐怖に震えていた。自分の体のスレスレのところに巨大なハイヒールが踏み降ろされるのだ。彼にとって彼女のハイヒールは、長さ20m以上、幅7〜8mの巨大な殺人マシーンだ。しかも、その殺人マシーンを操っているのが、自分の部下である。
 同期の男性社員に比べて出世が遅れるというセクハラを防ぐために、一生懸命育てようとしたら、このような形で裏切られたのだ。
 彼はこの状態から逃れようとしたが、次々に周りに踏み降ろされるハイヒールのために動くことができない。下手に動けば直撃を受けて、踏み潰されるだろう。
「頼む、浦霧君。やめてくれ!」
関腹は大声を出した。
「わかった。君を残業無しでも昇進させてやる。」
浦霧の足の動きがとまった。
「君の仕事の責任は、私が責任を持つ。」
彼女がじっと関腹を見つめる。もう少しだ。彼女はもう少しで説得に応じるだろう。
「君の残業分は、私がサービス残業でカバーする。」
恐怖と戦いながらも必死で説得する関腹。今、命を助けてもらえるのならば、何だってする。どんな手を使ってもかまわない。とにかく助かりさえすれば良いのだ。
「浦霧君。君は昔みたいにただ座っているだけでいい。時間になったら残業しないで帰ってもいい。同期の男子社員と同時期に昇進させよう。これで文句ないだろう。」

「信じられないわ!」
しかし、口を開いた彼女の言葉は冷酷だった。
「セクハラの罪の重さを知るといいわ!」
彼女の右足が持ちあがり、彼の頭上にかざされる。そして、ものすごい勢いでハイヒールの黒い靴底が彼に襲いかかった。彼は、靴底の凸凹と、そこに挟まった砂粒と泥汚れを見た直後、内臓を撒き散らして彼女のハイヒールの下に消えた。

「あー、すっきりした。」
浦霧は晴れやかに言う。
「いいんですか、浦霧さん?踏み潰しちゃって?」
翔子が尋ねる。しかし、彼女は翔子の質問の意味がわかっていないようだ。
「ストレス解消になったわ。ありがとう。もう、部長、元に戻して良いわよ。」
彼女は澄香達に声をかける。しかし、澄香は首を横に振った。
「大きさは元に戻せますけど、死んだ人間は生き返りませんよ。」
「ええ!?」
浦霧の顔が青ざめる。
「だから、言ったじゃないですか。踏み潰しちゃって良いのかって。」
翔子の言葉に浦霧は呆然とする。
「そんな。軽い気持ちで踏み潰しただけなのに。」
「約束したじゃないですか。脅かすだけだって。これじゃあ立派な殺人ですよ。あなたが踏み殺したんですからね。」
翔子はそのまま浦霧に背を向ける。

「待って!」
浦霧が呼びとめる。
「私はどうすれば…。」
「私達と、もう2度と接触しない事ですね。人間が小さくなるなんてこと、誰も信じないですよ。ですから私達との接点さえなければ、部長が小さくなって踏み潰されたとは誰も思いませんよ。小さくされた部長の死体さえ見つからなければ、ただの部長失踪事件になります。」
翔子はそれだけ言うと、澄香と共に夜の闇へと消えていった。

 こうして非運な最期を迎えた関腹部長は、謎の失踪をしたことにされてしまった。

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