ストーカー

作:大木奈子

 普段はめったに人が立ち入らない大学の校舎の屋上。そこで二人の女性が何やら話しこんでいる。
 そのうち一人は風祭澄香。澄香は、平成女子大の一年生。いまどき珍しく、黒髪のロングヘアーの、一見するとお嬢様っぽい雰囲気がある。しかし、革のミニスカートにロングブーツがそうではないことを物語っている。とある事情により、彼女は人間を100分の一に縮めることのできる光線銃を持っている。
 「ねえ、澄香!」
 声をかけたのはもう一人の女性。彼女は澄香の友達で、前島翔子という。彼女は澄香とは違い、いかにも遊んでいそうなギャルっぽい感じだ。厚化粧に茶パツ、足元はミニスカートに厚底ブーツの定番スタイルだ。これでも澄香と同じく平成女子大の学生である。翔子こそが、澄香の他に光線銃の秘密を知る唯一の人物だ。
「どうしたの、翔子?」
澄香が答える。
「澄香、あの光線銃でまた誰かを小さくして遊ぼうよ。」
翔子が言う。翔子は澄香と違い、派手好きな性格だ。面白い遊びにはなんでも手を出している。
「残念だけど、だめよ、翔子。」
澄香は首を横に振る。
「ええ、なんで?やっぱりこの前、警察に事情徴収されたのに懲りているの?」
翔子が澄香を見つめる。
「うん。犯人として疑われてはいなかったみたいだけど、すごいどきどきしたわ。」
「甘いわね、澄香。私なんて全然平気よ。高校の時、援助交際がばれそうになって何回か補導されたからね。もう慣れちゃった。」
「私は翔子と違うし。それに、そんなの慣れたくないよ。」
しかし、翔子は動じない。
「いいから、いいから。今まで澄香は何回も人を小さくして踏み潰してきたんでしょ。一回や二回、増えたってどうってことないじゃない。」
「翔子ったら、私はそんなにやってないって。小さくしたのは、電車の中でお尻を触ってきた痴漢と、夜道でいきなり襲ってきた奴らと、この前の学生の3回だけだよ。しかも、痴漢の時は踏み潰してないもん。実質2回だよ。」
「一回でもやったら、あとは同じよ。ところで、痴漢の時とかは大騒ぎにならなかったの?」
「さあ。別に私は彼らと面識ないから問題なかったわ。その点、この前みたいに一緒に飲んだあと行方不明になったら、やっぱりまずいじゃない。疑われたりしたら大変よ。」
「何言ってるのよ、澄香。彼らとは二次会に行っていないことになっているんだから。二次会に行く前に彼らは勝手に行方不明になったの。私が機転を利かせて証言しなかったら、澄香、今ごろは容疑者よ!」
「ごめん、ありがとう、翔子。」
澄香は素直に翔子に頭を下げる。
「じゃあ澄香。助けてあげたお礼に、私のお願い聞いてよ。」
「ええ!?そう来るか?」
「大丈夫よ。要は、澄香に疑いがかからないようにすれば良いんでしょ。」
「うん。」
澄香はうなずいた。
 こうして、次の犠牲者を闇に葬る計画が二人の女性の間で立てられたのだった。

 それから数日後、澄香と翔子は夜の街を歩いていた。
「いた、いた!澄香、あいつよ。私のこと狙うストーカーって。」
話しの途中で翔子が声の調子を落として後ろを指差す。澄香が振り向くと、その先には人ごみの中にまぎれてはっきりとこちらを見つめる男の姿があった。年のころは30代くらい。一見すると普通のサラリーマン風だが、翔子を見つめる熱い視線は普通の人のものではない。
「あいつが、毎日毎日、私にエッチしろって迫るのよ。いやだって断っているのに。」
怒ったように翔子が言う。彼女はその男によっぽど迷惑しているようだ。これだけ女性に迷惑をかけるような男は、罰があたっても仕方がない。
「ねえ、翔子。最後にもう一度聞くけど、本当にいいのね。大騒ぎになったりしないでしょうね。」
「大丈夫よ。澄香に迷惑はかからないって。それに、これは困っている友人を助ける人助けよ。もっと堂々としなさいよ!」
翔子は澄香の背中をたたく。澄香は黙ってうなずいた。
「じゃあ、行くわよ。合図したら遠慮なく小さくしちゃってね。」
翔子はその男のほうへ向かって行く。すぐに澄香も後に続いた。

「今日こそは、約束通り、エッチしてくれんだろうな。」
ストーカー男がいきなり口を開いた。
「ええ、いいわよ。」
翔子が答える。
「それで気が済むならいくらでもね。今日は機嫌が良いから何でも言う事聞いちゃうわ。だからもう、私のことを付け回さないでね。」
「ところで、その女は?」
ストーカー男が澄香を見つめる。正面からにらまれると非常に怖いものがある。
「彼女は私の友達。一緒にエッチしたいそうよ。」
平然と翔子がうそを言う。
「ちょっと、翔子!」
澄香が止めたが、翔子は振り向いて口に人差し指を当てただけだった。
「じゃあ、行きましょう。」
翔子が歩き出す。そのまま繁華街抜けて、人気のない裏通りに入った。
「今よ、澄香!」
人通りが途絶えた時、翔子が合図をした。澄香は光線中をストーカー男に向けて発射し、彼を100分の一に縮めた。

「やったわ。これでもう安心ね。」
翔子がほっとしたように言う。
「ところで翔子、何でこの男にストーカーされるようになったの?」
澄香は素朴な疑問を翔子に投げかけた。
「んー。それは話すと長くなるんだけど…。」
「全部聞くわ。自分が縮めた男がどんな悪行を積み重ねてきたのか知りたいから。」
「彼とはね、バイト先のデートクラブで知り合ったの。最初は楽しかったわ。食事をおごってもらったり、ドライブに連れて行ってもらったりして。
 そしたら、そのうちどんどんエスカレートしてきてさあ。『服を買ってあげるから手をつないで。』とか、『バッグあげるから抱かせて。』とか言うようになってきたのよ。」
「もしかして、最近翔子高いもの身に着けていると思ったら、あいつのせいなの?」
「うん。この服も、カバンも、ブーツも、アクセサリもみんな買ってもらっちゃった。でもね、そこまでは良かったのよ。今度は『このコート買ってあげるからエッチして』って。」
「ええ?それって?」
「うん。欲しかったのよ、このコート。20万円するんだけど、すごく暖かいわよ。」
「そうじゃなくて、翔子、それもらっちゃったの?」
「うん。だってくれるって言うんだもの。でも、エッチはいやって言ったわ。そしたら彼、どう言うわけか怒っちゃって、『コート返すか、エッチしろ。』って毎晩のようにしつこくて。もう、参ったわ。」
「ええ?じゃあ、そのコート返せば良かったんじゃない?」
「何言ってるのよ。一度プレゼントされたものを返す必要ないじゃない。それに私は『エッチする気ありません。』としっかり断ったもの。断られても未練がましく『エッチする約束を守れ。』って迫ってくる男のほうに問題ありでしょ。」
「待った!今のなし。聞かなかった事にする。」
澄香は何とかして自分の行為を正当化しようとした。途中経過はともあれ、結果として彼は翔子に付きまとって迷惑をかけたのだ。他人に迷惑をかける行為はいかなる理由があろうと許されない。その代償として彼はこびとにされたのだ。
 こうやって、澄香は自分のした事を正当化した。

 「どうしたのよ、澄香?」
心の中の葛藤を知らない翔子がのんきに尋ねる。
「ボーッとしていちゃだめよ。これからお楽しみの踏み潰しが始まるんだから。」
翔子は楽しそうだ。
「なんだかわくわくしちゃうな。彼に買ってもらったブーツで、彼を踏み潰すんだもの。うふふ。おもしろいわね。」
翔子は厚底ブーツに包まれた右足を持ち上げた。そしてそのままストーカー男に踏み降ろした。翔子の右足は、まるでそこには何も存在しないかのようにそのまま地面を踏みしめた。硬いブーツの靴底にとって彼は全く持って無力だった。
「あれ?もう終わり?」
翔子が不満げにつぶやく。
「そうよ。こびとを踏み潰すなんてあっという間よ。」
澄香が言う。
「つまんないの。なんか、こう、もっとすごいの想像していたんだけど。グシャグシャ!っていう豪快な踏み応えってやつを。」
「そんな厚底ブーツなんて履いてたら、踏み応えも何も感じないでしょ。」
「澄香だってブーツじゃない。」
「私のは厚底じゃないもん。ヒールも5cmで、適当な高さだし。」
「まあ、いいわ。また誰かを小さくして踏み潰せば良いのよね、澄香。よろしく頼むわよ。」
「ちょっと待ってよ、翔子ったら。そんなに手当たり次第にこびとにするわけにはいかないのよ。もし、大騒ぎになってばれちゃったらどうするのよ。」
「いいじゃん。その時は、その時よ。」
「翔子ったら、他人事だと思って無責任よ。だいたい、今回のストーカーだって、翔子が服とか靴やバッグを買ってもらう前に別れていれば、踏み潰されずにすんだのよ。」
「わかった、わかった。澄香ったら、冗談よ。すぐむきになるんだから。」
「悪かったわね。」
「ねえ、ストレス解消にカラオケでも行かない?いつもこいつと行っていた店がこの近くにあるんだ。たまにはデュエットじゃなくて、女同士で盛り上がれる歌を歌いたいな。」
「うん。行く、行く。」
「じゃあ、行こうか。お店はあっちよ。でも、その前に。」
翔子はもう一度ストーカー男を踏みにじった。厚底ブーツの硬い靴底で何度もぐりぐりされた彼の体は、跡形もなくなってしまった。
 地面にかすかに残った汚れたシミだけが、一人の哀れな男の存在があった事を静かに物語っていた。

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