合コンのあとに

作:大木奈子

 「風祭澄香です。平成女子大の一年生です。趣味はテニス、スキー、カラオケ、それとお酒です。」
女の子があいさつをすると、男の拍手と歓声が沸きあがる。いつもの合コンのワンシーンだった。

 「ねえ、澄香。彼なかなかイケてない?」
 友達のすすめにも澄香は首を横に振った。休憩と作戦タイムを兼ねた、女子トイレの中での会話である。
「そうかなあ?私はあんまり…。」
「何言ってるのよ。ウチらみたいな無名の女子大生が一流大学の学生と合コンできるなんてめったにないのよ。これはもう最後まで行くしかないでしょ。」
あまり乗り気でない澄香だが、一流大学のエリートをみすみす逃すのは惜しい。
「まあ、二次会くらいまでなら。」
彼女はもう少し彼らと一緒に遊ぶこと事にした。

 澄香達は夜の街を歩いていた。結局二次会に行くのは4人。澄香とその友達。そして合コン相手の男2人の4人である。みんな、なんだかんだと理由をつけて帰ってしまったのだ。有名大学の彼らは、澄香たちの無名な女子大に興味がないようだった。それにまじめな人間が多いのか、あまり2次会に乗り気ではなかった。澄香達もやっとの思いで彼ら2人を捕まえたのだ。
「どうしようか、2次会?」
横に並んで歩きながら澄香の友達が聞いてくる。
「うーん。やっぱりカラオケかなあ?」
澄香がありきたりの答えをだす。ちょっと遊んで帰るのならカラオケ程度で充分だろう。
だが、友達のほうはかなりやる気だ。
「何言ってるのよ。せっかく2対2なのよ。ここはもう、一気に行くしかないでしょ。玉の輿を狙うのよ。」
「ちょっと、そんないきなり…。」
澄香はうろたえる。彼らに聞こえないようにこっそり友達の暴走を止めようとする。
「私まだそんなつもりはないし。」
「あー!ひょっとして、澄香。まだ、処女?」
「え、あ、聞こえるじゃない。」
澄香があわてて声を落とす。
「ごめん、ごめん。でも、あんたももう19よ。二十歳になっても初体験してないと、一生結婚できないわよ。」
「そんなことないでしょ。私だって…。」
「いいから、いいから。せっかくのチャンスよ。大人の楽しみを教えてあげる。じゃあ、ホテルに決まりね!」
「待ってよ!」
澄香が止めたが遅かった。彼女は男2人を大胆にもホテルに誘ってしまった。たいして期待していなかった彼らも、彼女の大胆さにすっかりやる気になり一気に夜のホテル街へと向かっていった。

 「さあ、行きましょ。」
 怪しげなネオンの輝く店の前で彼女が言う。それでも澄香は3人の後ろで立ち止まったまま動こうとしなかった。内心こんなことならついて来なければよかったと思っていた。
「しかし、平成女子大の子って積極的だな。俺なんかこれから毎週でも合コンしてもいいぜ。」
「そうそう。女の子から誘うなんてめったにないもんな。すごいよ、君たち。」
彼らも興奮気味である。そんな中、澄香は一人冷静であった。彼らは確かに有名大の学生なので、将来のお金ことを考えると願ってもないチャンスだ。だが、澄香は彼らに男としての魅力を感じていなかった。エッチする相手としてはいまいちなのだ。考えた末に澄香は結論を出した。
「ごめん、やっぱり私帰る。」
「えー。ここまで来てそれはないわよ。」
友達が文句を言う。
「そうだよ。俺達とやろうぜ!」
彼らがいつのまにか後ろに回り、肩を抱いてきた。
「やめてよ!」
澄香は彼らの手を払った。
「なんだよ。いいじゃん。俺達とやりたいんだろ。」
「そうだよな。今さら、やっぱりいやだはなしだぜ。」
すっかりやる気になっている男たちは、半ば強引に澄香を店の中に連れ込もうとする。
「やめてって言ってるでしょ!」
無我夢中で澄香は光線銃を彼らに向けて発射していた。

 一瞬強い光が走った後に、男二人の姿は消えていた。澄香の友達は、何が起こったのか分からずに、呆然と澄香を見つめた。その澄香が今度は自分に光線銃を向けた。この銃で澄香が二人の男に何かをしたに違いない。彼女は無意識のうちに両手を上げていた。
 この道は裏通りなので、通りかかる人はほとんどいない。さっきの強い光にも誰も気がついていないようだ。走ればすぐに表通りに出て助けを求めることができるが、彼女は澄香が何をやったのか確かめたいという好奇心のため、動かずにいた。
「ごめんね。」
澄香がためらいながらも光線銃を向ける。
「やっぱり私はまだ男の人と関係を持ちたくないの。あなたみたいに気軽に私は男遊びできないわ。」
震える澄香の手が銃をにぎりしめ、友達に狙いを定める。
「彼らには悪いけど、小さくなってもらったわ。そして、本当はこんなことしたくないんだけど、この銃の秘密を知ったあなたもね…。」
澄香は引き金に力を入れた。その瞬間友達が叫んだ。
「待って澄香!」
「え!?」
澄香の引き金を引く力が止まった。
「ごめん。強引に誘った私も悪かった。」
友達が素直に謝る。意外な展開に、澄香は引き金から手を放した。
「謝るわ。秘密も守る。私達、友達でしょ。友達を大事にしなくちゃ。」
澄香は友達に説得されて、光線銃をしまいこんだ。
「分かったわ。私も友達をなくすのは好きじゃないし。」
「そうよ!ところで、澄香。一体あの二人、どうやって消したの?」
自分が安全だと分かった途端、彼女は好奇心いっぱいで聞いてきた。
「消えてないわよ。ほら、足元見てよ。」
澄香が指差した先には、百分の一になった彼らが呆然と見上げている。
「これ、本物?」
友達はなかなか信じられないようだ。普通の人なら人間が小さくなるなんて事をそう簡単に信じられるはずはない。
「本物よ。彼らは私を強引にホテルに連れ込もうとした罰でこうなったの。」
「でも澄香、どういう仕組みであいつら小さくなったの?いつ、どこでその小さくなる光線銃を手に入れたの?」
「それはね…。と言いたいけど、秘密。」
「ええ〜!澄香のケチ!」
「うふふ。ごめんね。でも、私の秘密を知って助かったのはあなたが初めてなんだから、我慢してね。そのうちちゃんと教えるから、ね。それよりも、このことは絶対に誰にもしゃべっちゃだめだからね。」
「分かったわよ。」
彼女はしぶしぶうなずいた。

 一方、彼女たちの足元で彼ら二人は途方に暮れていた。一瞬、強烈な光を浴び、意識を失い、気がついたら全く別の世界が目に飛び込んできたのだ。これから入ろうとしていたホテル街は視界から消え去り、彼らは、巨大な4本の柱のようなものに囲まれていた。この巨大な柱が、これからエッチをする相手の女の子達のブーツだったことに気がついたのは、はるか上空から彼女達の会話が聞こえた時だった。彼らは、上空から聞こえてくる彼女達の会話を聞き、ようやく自分達が小人にされたことを実感した。これから自分達はどうなるのだろう?それが正直な感想だった。
 彼女達の大きさは、彼らにとってはおよそ160m。40階立ての高層ビルに相当する。上を見上げると、ブーツは数十メートル上の膝のところで終わり、そこから上は太ももになる。そして、その付け根には下着が見える。彼らの目線ではほぼ真下から彼女達を見上げることになるので、スカートの中が見えてしまうのだ。しかし、彼女達の上半身は、スカートが邪魔してほとんど見えなかった。
 彼らはあきらめて、彼女達が次の行動に移るのを待った。あるいはこの時、逃げ出していれば悲劇は防げたのかもしれない。だが、一度はホテルにまで自ら誘った彼女達が自分達に悪いようにするはずがない、と彼らは安心しきっていた。

 澄香達は彼らの存在など忘れたかのように話しこんでいた。それでも、待ったかいがあってようやく話も一段落したようである。
「でさあ、これからどうする?相手がいなくなっちゃったからホテル行ってもしょうがないし。」
澄香の友達はようやく話題を変えた。
「おいしい料理の店知ってるから、そこに行こうよ!」
澄香が友達を誘う。
「まあ、それでいいか。行こう!」
二人は足元で見上げている彼らのことを忘れて、ブーツを鳴らして歩き出した。

「おーい!待ってくれ!」
彼らは声を限りに叫んだ。このまま小さくされたまま見捨てられてはたまらない。何がなんでも彼女達に元に戻してもらわなくてはならない。彼らは祈るような気持ちで大声を張り上げた。
 彼らの祈りが通じたのか、澄香が立ち止まって振り向いた。
「あ、そうだ。」
「ん?どうしたのよ、澄香?」
友達が不思議そうにたずねる。
「あいつらのこと忘れてた。」
「いいじゃない。もう、小さくしちゃったんだから、エッチできないわけだし。」
「そうじゃなくて、このまま放っておくわけにもいかないでしょ。万が一誰かに拾われて、私達のことしゃべったらどうするのよ?」
「そっか。じゃあ、あいつらどうするの?」
「こうするのよ。」
澄香は彼らに歩み寄ると、右足を持ち上げた。そして、足元で見つめている彼らを踏み潰した。ぺちゃっという、何かが潰れる感覚がブーツ越しにかすかに感じられた。
「なるほど。これで安心ね。」
友達が感心する。
「じゃあ、行こうか。お店はあっちよ。」
澄香は、潰れた彼らの残骸を確認さえもしないまま歩き出し、そのまま立ち去った。

 潰れた彼らの残骸は、忘れ去られたかのように道の中ほどに残された。彼らの残骸は、通りかかる人々に踏み散らされ、朝が来た時には跡形さえもなくなっていた。
 いろいろな犯罪の渦巻く夜の繁華街。二人の男の失踪など、全く注目さえされなかった。

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