| 村野彩美は１３歳の中学１年生。文化部に在籍のおとなしく目立たない子だ。性格は温厚で、おだやかな家庭に育ったため、意識しなくても自然と丁寧語が出てしまう。 趣味は、体を動かさずに一人で物思いにふけること。極度の運動音痴である彩美は、友達と一緒に行動するには体力差がありすぎるため、休み時間などは一人になってしまうことが多かった。一人でいるときの彩美は、本を読んだり、物思いにふけったりして時間を過ごしていた。やや変わった性格と言えよう。しかし、本を読んだり考え事ばかりしているために、知識だけは豊富である。 彩美は極度の運動音痴であるうえ、同級生の中では体も小さく、力も弱い。このことが彩美のコンプレックスになっていて、友達との会話さえもためらわせる原因となっていた。だが、これは単に成長期の来るのが遅かっただけのこと。１３歳にしてようやく伸び始めたので、これから人並みの背の高さになる可能性は充分にある。また、顔もスタイルもそこそこなので、人並みに背が伸びれば、体型や見た目のコンプレックスからは解消されるだろう。 おとなしいて目立たない彩美なので、活発な子から目をつけられることが多かった。活発な子から見れば、おとなしい彩美は「暗い」子に見えるのだろう。彩美のことを目の仇にしていた中心メンバーが、同じクラスの相原晶子。積極的な晶子と、消極的な彩美の性格は水と油の関係。彩美は、晶子を中心としたメンバーから集団で言葉の暴力を受けたり、無視されたりすることがたびたびあった。おまけにおっとりとした彩美は口で反論するのも慣れていないので、晶子達にいじめられるとと黙りこんでしまう。これが晶子達の気に触り、さらにいじめをエスカレートさせる原因となっていた。 こんな彩美だったが、紺野絵梨佳と出会うことでその生活が大きく変わった。絵梨佳とはクラスが同じで、中学になってから知り合った。絵梨佳は自他ともに認めるクラス一の美少女。男子からの人気は抜群で、しっかり者の優等生と見られている。 きっかけは、同じクラスの男子のいじめられっ子のちょっとした一言から始まった。彼が「絵梨佳より彩美の方がいい。」と言った事で、絵梨佳が怒ったのだ。クラス一の美少女である絵梨佳にとって、自分より良いと男子から思われる女の存在と、自分以外の女が良いという男子の存在は許せなかったのだ。 絵梨佳の怒りに触れたそのいじめられっ子は抹殺されてしまい、その時に彩美は絵梨佳に弱みを握られてしまった。それ以来彩美は絵梨佳の言いなり状態に置かれている。 ただ幸か不幸か、絵梨佳の言いなりになってから、晶子を中心としたメンバーから意地悪をされることが少なくなったのは事実である。晶子も絵梨佳に弱みを握られているため、彩美に手を出すと後ろにいる絵梨佳が黙ってはいない、ということが牽制となっているのだ。 晶子達に目をつけられるのも、絵梨佳の言いなりになるのも嫌だが、一人ではどうすることもできない彩美は、現状を受け入れるしかなかった。 その朝もいつものように学校生活が始まった。登校して来た彩美は、そのままおとなしく自分の席に直行する。数少ない仲の良いクラスメイトとは軽くあいさつをかわす程度。それ以外の子からは相手にもされない。あとは自分の席に座ってみんなが楽しく会話をしているのを遠くから眺めているだけだ。 「彩美〜！おはよ！」 元気な声をかけてきたのは絵梨佳だ。 「あの、おはようございます。」 「だめよ。こんなところで暗〜い雰囲気を作ってちゃ。ちょっとおいでよ。良いもの見せてあげるから。」 絵梨佳は、有無を言わさず彩美を立たせる。 「晶子も呼んで来るから、ちょっと待って。」 彩美を待たせたまま、絵梨佳は晶子を呼びに行った。ちょっと前までなにかというと彩美に因縁をつけていた晶子だが、絵梨佳に弱みを握られてからはだいぶおとなしくなり、絵梨佳を間に挟んで一緒に行動する事も増えた。絵梨佳に晶子、そして彩美の３人の組み合わせといえばやることが決まっている。絵梨佳の魔法で小さくした男をもてあそぶのだ。 ちなみにクラスの中で絵梨佳が魔法を使える事を知っているのは、彩美と晶子だけ。２人とも絵梨佳に弱みを握られているので、３人で行動するときは必然的に絵梨佳がリーダー格になる。 晶子が合流すると、３人は女子トイレへ移動した。 朝早いため、女子トイレには誰もいなかった。絵梨佳は立ち止まって片足を軽く持ち上げると、呪文を唱えた。すると、絵梨佳の上履きの靴底から体長１cm足らずの生き物がはがれ落ちた。 「これは？」 晶子が尋ねる。彩美も同じ疑問を抱いたが、過去の経験からそれが何であるかわかったため、質問の言葉を飲みこんだ。 「こいつは、昨日出会った男。いい年して中１のあたしに手を出そうとしたから、縮めてやったの。朝一から上履きの靴底にしてあげてただけよ。」 絵梨佳が得意げに説明する。いつも絵梨佳は、男が『手を出した』から縮めたと言うが、実際のところは『手を出されそうな気がした』だけで縮めてしまうことが多い。晶子は男が絵梨佳に『手を出した』ことに激しい怒りをぶつけるが、彩美は彼が絵梨佳に本当は何をしたのか気になっていた。 絵梨佳と晶子が彼の悪口を言っている間、彩美はずっと彼を眺めていた。絵梨佳の上履きの靴底から解放された男は、ぺったんこの状態から元の３次元形状へと復活してきた。 「でも、絵梨ちゃん。もうさんざん踏まれて痛い目にあっているんだから、あとはぶっとばすくらいで勘弁してやったら？」 ひとしきり男の悪口を言って気が済んだのか、晶子は彼を必要以上にいたぶるつもりはないようだ。 「そうですよ。朝からずっと上履きの靴底で踏まれて、もう反省していると思いますよ。」 彩美も晶子の意見に同調した。しかし、絵梨佳は容赦しない。 「何言っているのよ、２人とも。こういう奴は、徹底的に痛めつけないとだめなのよ。お仕置きはこれからが楽しいんじゃない。秘密を守りたいんだったら、協力するわよね。」 彩美は仕方なくうなずいた。晶子でさえ絵梨佳に逆らえないのだから、彩美が抵抗するだけ無駄である。 「じゃあ、まずは足踏みしてみようか。」 絵梨佳はいきなりこびとを踏みつけた。そして彼の上で足踏みを始めた。ちっぽけな彼の体は、絵梨佳の上履きの汚れた靴底に踏まれてぺったんこになった。さらに踏み潰された小さな彼に、絵梨佳の上履きが執拗なまでに襲いかかる。彼の体はゴム状になっていて、踏み潰されても死ぬ事はない。しかし痛みは伝わるため、彼は絵梨佳が足踏みをする回数だけ死ぬほどの苦しみを感じているはずだ。 やがて単純な足踏みに飽きた絵梨佳は、ジャンプして勢いよく彼を踏み潰してみたり、踏みつけたままの状態でひねりを加えたりしてみた。思わず目をそらしたくなるような残酷な仕打ちだ。しかも、その仕打ちを受けているのは生きた人間なのだ。つい昨日まで、こんな事になるとは思わずに普通に生活をしていた男だ。 ここで目をそらすのは簡単だ。しかし、それでは現実から逃げるために、彼の存在を否定することになってしまう。小さくされても、彼はまだ生きた人間なのだ。誰にも知られぬまま苦しみながら死んでいくより、苦しみに耐えてから死んでいったということを知ってもらったほうが少しは報われるだろう。彩美に出来る事は、彼が死ぬまでに味わった苦しみを最後までしっかり見届けることだけしかなかった。 それにしても、今回の絵梨佳の踏み潰しは残酷さに一段と磨きがかかっている。絵梨佳がこびとを踏み潰すのを何度も見てきた彩美だが、今回の行為は見るに耐えかねるものだった。自分と同じ年齢の子が、このような残酷なことを楽しそうにやっているのが不思議で仕方なかった。 「ねえ、晶子と彩美も踏んでみたら。面白いよ。ストレス解消にもなるし。」 やがて絵梨佳は飽きたのか、声をかけてきた。だが、彩美にとってこびとの踏み潰しは、ストレス解消どころか、後に罪悪感が残ってかえってストレスがたまる原因でしかなかった。断わろうかと思った時、晶子が先手を打った。 「まず、彩美からやんなよ。あたしは最後でいい。」 晶子は言われては、気弱な彩美は断われない。 「じゃあ、やります。」 仕方なく彩美は上履きを彼の上に乗せた。そしてゆっくりと力をこめていく。だが、ゆっくりとした踏み方が、絵梨佳は物足りないようだ。 「甘いわよ、彩美。そんなんじゃこいつ痛くもかゆくもないよ。もっと思いっきり踏まないと。」 「はい。」 言われるままに彩美は彼を踏みつける足に力をこめた。そして、勢いよく彼を何度も踏みつけた。素足ではなく上履きのまま踏んでいるので、男を踏み潰して苦しめているという実感がほとんどわかなかった。 わずか１３歳やそこらの少女達に踏まれた彼は、どう思っているのだろうか？踏み潰されても死ぬことのできない彼は、彩美が足を踏みおろすたびに死ぬよりも辛い苦しみを味わっていることだろう。自分だったらとてもじゃないけど耐えられない。彩美の心は痛みっぱなしだったが、それでも、彼を踏みにじるのをつづけるしかなかった。 やがて、絵梨佳が彩美を止めた。ようやく彩美は、踏み潰しから解放された。 「そろそろホームルームの時間よ。晶子、こいつ何とかしてよ。」 今度は晶子の番だ。絵梨佳の『何とかして』というのは、「殺せ」という意味である。直接言わずに、このような回りくどい言い方をするのが絵梨佳流のやり方だ。しかも、自分ではなく、他人にやらせるのである。 晶子もこの微妙な言いまわしに気づいたようだ。 「つまり、こいつを処分しろ、と？」 晶子が聞き返す。 「やだあ、晶子。あたしがそんな残酷な指示するわけないじゃん。晶子の好きにしていいよ。ただし、私達３人の秘密が漏れるようなことはしてほしくないなあ。もし、必要だったら踏まれても死なない呪文、解除してもいいよ。」 少し考えた晶子は口を開いた。 「絵梨ちゃん…」 「なに？呪文解除？」 「違う。こいつ、水の中に落とすと溺れ死ぬんだよね。」 「そうね。踏まれても平気だけど、水の中で呼吸はできないはずだから。」 「じゃあ、こうする。」 晶子は、彼を思いっきり踏みつけた。さっぱりした性格の晶子、こういうところで思いきりの良さがでる。晶子は彼を蹴っ飛ばして、和式便所の穴に蹴り落とした。 彩美は晶子のやろうとしていることを理解した。上履きを履いているので直接こびとを踏み潰しても自分の足が汚れることを気にする必要はない。しかし、意図的に踏み潰したこびとの残骸が、いつまでも上履きの靴の裏にくっついているのは、良い気がしない。自分の上履きを汚さずに彼を処分するのに、便器に落として溺れ死にさせるつもりなのだ。 彩美の予想が当たり、晶子は便所のレバーを踏んで水を流した。女子中学生にさんざんもてあそばれた哀れな男は、便器の汚水に流されて消えていった。彼が溺れ死ぬのは時間の問題だろう。 「絵梨ちゃん、これでいいでしょ。」 晶子が絵梨佳に確認する。 「よくないわよ。レバーを足で押すなんて、汚いこと。」 「でも、絵梨佳さんもいつも足で流してませんか？」 自分がやっていることを他の人がやるのを見て、非難する資格はない。 「彩美、余計な事は言わないの！」 しかし、彩美は絵梨佳に注意されてしまった。 ちょうどその時、始業ベルが鳴りだした。 「やだあ、早く行かないと遅刻がついちゃう。」 絵梨佳が教室に向かって走り出した。その途中で、絵梨佳が振り返る。 「二人とも、わかっているわよね。お互い、秘密は守りましょ。」 絵梨佳が二人に念を押す。 「わかってるよ。」 晶子が答える。彩美もだまってうなずいた。 彩美も彼をいたぶったあげくに葬り去った共犯なので、自己保身のためにもこの事を誰にも言うつもりはなかった。 今の彩美にとっては、絵梨佳の罪を正すよりも、普段の自分の生活を守ることの方が大切なのだ。こびとにされて踏まれた男には申し訳ないが、だからと言って彼のために自分の生活を犠牲にしたくはなかった。彩美は彼のことを忘れようと心に決めて、ホームルームが始まると先生の話に耳を傾けた。 |