絵梨佳の秘密(番外編)

作:大木奈子

 紺野絵梨佳は、人間の大きさを自由に変えられる魔法が使える。だが、絵梨佳が魔法を使える事は、ごく一部の人しか知らない。絵梨佳の祖母も、絵梨佳が魔法を使えることを知っている数少ない親戚だ。その祖母の家に、絵梨佳は遊びに来ていた。
「おばあちゃん、こんにちは〜!絵梨佳でーす。元気〜?」
 絵梨佳は祖母に会う時はいつも以上に元気になる。
「あらあら、いらっしゃい。また大きくなったんじゃない?」
 優しそうな祖母が絵梨佳を迎え入れる。13歳の絵梨佳の祖母なので、まだ60歳やそこいらである。現役さながらの元気さを保っている。
「あがってゆっくりして行きなさい。」
「うん!そうする。はい、これお土産。お母さんから!」
 絵梨佳は祖母にお土産を渡した。

「でさあ、その踏み潰した時の靴底の感触がもう最高、って感じよ。一緒にいた晶子や彩美も喜んでいたみたい。絵梨ちゃん、いいなあって。」
 絵梨佳がこの前のこびと踏み潰し話を祖母に話して聞かせる。ちなみに、晶子と彩美は、絵梨佳が人間を小さくできる魔法を使えることを知っている数少ない親友だ。
「あらあら、それはよかったね。絵梨佳ちゃんもいい友達を持ったね。大事にしなさいよ。こんなに恵まれた環境で人間を小さくできるなんて、今までの私達の歴史にはなかったことだからね。」
「あたし達の歴史?歴史って言うほどのものがあるの?あたし、全然知らないなあ。ねえ、歴史ってなーに、おばあちゃん?」
 絵梨佳が首をひねる。13歳の絵梨佳にとっては、この魔法について知らない事がまだまだたくさんある。
「じゃあ、今日は絵梨佳ちゃんに、私達一族に伝わる魔法について、いろいろ教えてあげようかな。」
「わーい、お願い、おばあちゃん。」
 絵梨佳は好奇心から目を輝かせた。

「まず、絵梨佳ちゃんに質問。私達の魔法で、何ができますか?」
「うーんと、人間を小さくできます。大きさは、元の大きさより少しだけ縮めるのから、百万分の一でも一億分の一でも、呪文を変えるだけで自由に変えられるよね。」
 得意そうに答える絵梨佳。
「はい、正解。その他、応用として呪文に変化を加えると、小さくした人の体をゴム状にしたり、粘土状にしたりと、素材も変えられるわね。」
「あ、あたしよくやるよ。ゴム状にして、靴の裏につけて歩くの。なんかすごく柔らかくて気持ちいいよ。」
「それもいいけど、絵梨佳ちゃん。そのまま人前で靴を脱いで、見つかることのないように気をつけてね。」
「もう、お母さんみたいなこと言わないでよ。」
 絵梨佳がふくれる。

「今日はお小言なしで、いきましょうかしらね。絵梨佳ちゃんに2番目の質問。この魔法はどうやったら使えるようになるのかしら?」
 祖母は話題を変えた。
「えー。考えたことなかったなあ。なんかちっちゃな頃から使えたような気がする。特に練習した記憶ないし。でも、最近魔力が強くなったのか、急にいろいろと試したらできるようになっちゃった。えへへ。すごいでしょ。」
「そうね。まず魔法は母から娘へと遺伝で伝わるのね。だから、魔法が使えるお母さんから生まれた女の子は先天的に魔法が使えるのよ。だから逆に、私達のような魔法を使える人から生まれた子でなければ、いくら練習しても絶対に魔法は使えないわけ。それから、男の子には遺伝しないので、男の子も練習したとしても使えるようにはならないわね。」
 祖母の話は絵梨佳にとって初耳だった。
「へー、そうなんだ。」
 絵梨佳は素直に聞き入る。
「次に魔法の強さだけど、さっき絵梨佳ちゃんが言ったように魔力と呼ばれるものね。これも個人差があるけど、年齢とともに変わるものなの。
 生まれた時にもっている魔力はごくわずか。それが、呪文が使える3,4歳頃になると少しづつ魔力が強くなっていくの。そして、第二次成長期に入ると一気に魔力が強くなるわけ。絵梨佳ちゃんが最近魔力が強くなった気がしたのは、そのせいね。」
「わ、そうなの、すごーい。」
「で、魔力は絵梨佳ちゃんくらいの年頃に急上昇を続け、十代後半にピークを迎えます。その後はしばらく横ばいで、二十歳をすぎるとゆっくりと魔力が減っていきます。結婚して女の子が生まれると一気に魔力が減る人もいるらしいですが、個人差があるそうなのでそれははっきりしません。そして、だいだい40代後半に魔力がほどんど衰えて呪文が効かなくなります。」
「じゃあ、おばあちゃん、もう人間を小さくできないの?」
「ええ。でもこの歳になれば、特に人間を小さくして遊びたいとは思わなくなるけどね。それから、呪文が使えなくなっても、完全になくなるわけではないから、例えば絵梨佳が私に小さくなる呪文をかけたとしても、それをはね返すことはできるのよ。」
「なんか、寂しいなあ。呪文が使えなくなるなんて。」
「絵梨佳ちゃんはまだ若いんだからそんな心配いらないわよ。それどころか、これからもっと魔力が強くなるんだから、使えるうちにうんと楽しんでおかないとね。」
「うん。そうする。」
 絵梨佳はうなずいた。

「じゃあ、3つ目の質問。私達の御先祖様が魔法を使えるようになったのは、どのくらい昔からでしょうか?」
「あ、それが歴史ね。えーと、おばあちゃんが使えるということは、おばあちゃんを産んだひいおばあちゃんも魔法を使えて、さらにそのお母さんのひいひいおばあちゃんが…。」
 絵梨佳が考えこむ。
「これなんだけど、実ははっきりわかっていないの。ただ、少なくとも1000年以上前から魔法が使えるようになっていた事は事実のようね。」
「1000年以上も?わー、すごい!」
「でもね、その間にいろいろあったのよ。今日は絵梨佳に昔の話を聞かせてあげようか。」
 祖母は、先人達の苦労を話して聞かせた。


 祖母が話してくれたのは、いわゆる「幕末」の頃に活躍した御先祖様の話だ。幕末とは、江戸時代末期、今から150年ほど昔の話だ。
 この時代、世間が騒然として幕藩体制を崩そうと、一揆や打ちこわしといった、今で言うテロが続発した。弱体化した江戸幕府は、テロ組織の根絶にあたった。この時、幕藩体制に組みこまれていた絵梨佳達の先祖は、テロとの戦いに協力する事になったのだ。
 歴史の表舞台に出てこない絵梨佳の御先祖様は、テロとの戦いといっても実際に戦場に赴くわけではない。鎮圧されたテロ組織の構成員を死刑にする時に、彼らを極秘のうちに小さくして死刑にする。ここで協力をしていたのだ。
 なぜ、小さくして死刑にする必要があったかというと、テロを根絶やしにするため、テロ事件の関係者は全員が裁判を経ずに死刑とされた。ところがテロが続発したため、普通に死刑を執行していては死体処理場がいっぱいになってしまう。そこで、小さくして極秘のうちに葬り去る必要が出てきたのだ。

 その年も不作が続き、農民も下層町人も食うものに困り、一揆や打ちこわしが続発していた。だが、いずれの一揆や打ちこわしも幕藩体制を倒すほどの勢力にはなり得ず、鎮圧されてしまった。鎮圧されると、首謀者には獄門の刑、参加した他の者は死罪が科せられた。
 当時の絵梨佳の先祖にあたる一族の筆頭格は、おハナといった。儒教が重んじられたこの時代、男性の年長者が一族の筆頭となるのが慣わしだが、例外的に女性で18歳のおハナが一族の長となっていた。これも、女性しか魔法が使えず、魔法のの強さが優劣を決めるこの一族のみの特殊な風習であった。
 おハナは18といっても数え年なので、今でいうと16か17の小娘だ。だが、この時代結婚が早く、10代半ばで嫁ぐ娘が多い。おハナもすでに結婚して、子持ちであった。もっとも、この一族の場合は、完全な母系社会なので、婿をもらうということになるのであるが。

 一揆や打ちこわしのテロ犯人は、取り押さえられるとおハナの一族の元へ送られる。そして、まず首謀者を除く、テロに加わった一般の人々の処刑から始まる。
 彼らは、1人残らずおハナ一族の魔法により、1寸、すなわち約3cmに縮められる。縮められた後は、ただひたすら踏み潰しである。この時代、靴は存在せず、履物といえば草履であった。草履でこびとを踏みつづけると、血痕が草履に染み込み、やがて限界を超えると足までこびとの返り血で汚れてしまう。
 そのため、おハナ達は裸足になってこびと達を踏み潰す事にしていた。どうせ足が汚れるのなら、最初から裸足で踏んでしまおうというのだ。こびとの血に染まった草履は、使えなくなってしまうので、裸足で踏むのは無駄を省く行為でもあった。
 今のように靴のまま踏まれるこびとに比べれば、この時代に踏み潰されたこびとはまだ恵まれていた方だろう。
 首謀者を除く一揆や打ちこわしの参加者は、小さく縮められた後、一列に並ばされる。そして列の前から順におハナ達に踏み潰されていくのだ。比較的ましな死刑方法とはいえ、やはり怖いものは怖い。列の前にいる仲間が断末魔の叫び声を上げて足の裏へと消えていく。そして、残酷な巨大な足は1人づつ自分へと近づいてくる。中には迫り来る恐怖に耐えきれず、逃げ出そうとするこびともいる。だが、逃げ出そうとしたこびとにはさらに残酷な処刑方法が待っていた。
 逃走を図ったこびとは、すぐにおハナの周りで見張っていた一族の目に入る。そして、おハナの一族の者は、槍や刀で逃げ出したこびとを痛めつける。この時点で逃げようとしたこびとの大半は、腕や脚を失い、瀕死の重傷となる。重傷で動けなくしたところで、仲間が踏み潰されるのを鑑賞させるのだ。逃亡に失敗したこびとは、迫り来る運命から逃げ出すことができないという恐怖心に負けて、たいていの者は気が狂ってしまう。
 他のみんなの踏み潰しを見せてさんざん恐怖を与えた後、彼ら逃亡しようとした者の踏み潰しが行なわれる。おとなしくみんなと一緒に踏まれていれば、恐怖に震える時間は短くてすむのに、逃走を図るとありったけの恐怖が与えられるという処刑法である。そのためたいていのこびとは、最初に逃亡に失敗した2,3人がひどい目にあうのを見て、逃げるのを断念するのだった。

 一方、一揆や打ちこわしの首謀者には、残酷なまでの獄門が待っていた。まずは踏みつけ地獄。1寸に小さくされた時、彼らの体は踏まれても再生するように変更されていた。そのため、おハナの一族が次から次へと交代で何度踏んでも、死ぬことはなく、踏み潰される苦しみを受けつづけなくてはならなかった。
 一揆や打ちこわしの規模が小さく、かつ突発的な場合、何十回か踏まれた後、もとの体に戻され、次に踏まれた時にようやく死ぬことが許される。
 だが、規模が大きかったり、幕藩体制の打倒を目標に掲げていた場合、罪ははるかに重くなる。小さくして何度も踏まれただけでは許されず、さらなる苦しみが与えられた。具体的には、漬物石を載せられたり、馬車や牛車で踏まれたり、お城の大奥の女中全員から踏み潰されるなどの刑が科せられた。
 ここまで来ると悲惨である。いつ終わるともわからぬまま次々に踏まれつづけるのは、一撃で踏み潰されることの何倍も、何十倍もつらい。この拷問は、じわじわと苦しみながら死んでいくのよりも、さらに辛い思いをさせるのが目的で開発されたものなので、いかに苦しみながら殺すかが考え尽くされている。
 おハナの一族の活躍により、一揆や打ちこわしを起こすくらいなら、じわじわと飢え死にした方がましという状況を作り出すのに成功し、幕府に対する貧民の抵抗は減少した。その結果、被支配者層の農民が中心とした世の中にならずに、支配者層の下級武士に政権が渡るにとどまったのである。


「というわけで、この時代は裸足でこびとを踏まなくてはならなかったから、大変だったのよ。」
 祖母が話をまとめる。
「でも、いいなあ。幕府公認で踏み潰せたなんて。今は堂々と踏み潰せなくなっちゃったなあ。ところで、この頃って、大体何人くらい踏み潰せたの?」
「私が聞いたところでは、一日で1000人を踏み潰したってことがあったそうよ。」
「すごーい!」
「さらに、何度も踏まれる拷問を受けた者の中には、三日三晩大奥の女中たちに踏まれつづけ、4日目の朝に力尽きた人もいたそうよ。」
「あたしも、御先祖様に負けずにもっと面白く踏み潰す方法考えないと。」
 絵梨佳が残酷な決意を語った。
「御先祖様のように、国家権力がついているわけじゃないから、やる時は気をつけるのよ。」
 祖母が釘をさした。

「おばあちゃん、今日はいろいろありがとう。魔法のこと、勉強になったよ。」
 両手にお土産を下げた絵梨佳が頭を下げる。名残惜しいが、もう帰る時間だ。
「今回は基本的なことしか話せなかったけど、また、魔法のことで知りたい事があったら、いつでもいらっしゃい。」
 祖母が手を振る。
「うん。じゃあ、今度はもっとおもしろい踏み潰し話持ってくるね!」
 絵梨佳はそう言うと元気よく駆け出した。

(番外編)終

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