ネットの恐怖

作:大木奈子

 絵梨佳の通う中学校。コンピュータールームでの実習が一段落し、生徒達は勝手にインターネットに接続し、ネットサーフィンを楽しんでいた。先生は実習が遅れている生徒に付きっきりなので、早く終わった生徒は自習時間である。
「おお!すげえ。」
 教室の後ろの方で男子生徒が声を上げる。声のした方を見ると、1台の端末に数人の男子生徒が集まっている。
「これって、アダルトだろ。学校からじゃつながらないはずじゃあ…。」
 そばで見ていた一人が小声で言う。
「そんなの簡単さ。アダルトサイトフィルタのセキュリティを突破したのさ。」
「やるなあ。さすが、ネットオタク!」
 先生に聞こえないように小声で彼らは賞賛を送る。

「ねえ、勝手に何やっているのよ!」
 彼らのちょっとしたいたずらにケチをつけたのは、紺野絵梨佳だ。絵梨佳は学校では、まじめな優等生で通っている。
「やべえ!」
 彼らは慌ててネットワークを切断してアダルト画像を閉じようとした。だが、一瞬早く絵梨佳が彼の手を押さえた。そのため、彼は思いもかけない場所をクリックしてしまった。

 スカートの中を逆さまから撮ったと思われる画像が、画面いっぱいに表示された。そして、画面の隅には制服を着た女子生徒の後姿の画像がある。
「何よ、これは!」
 絵梨佳が呆れて声をあげる。
「こんなの見て嬉しいの?いやだ〜、変態!。」
 絵梨佳の声につられて、数人の女子生徒も集まって来た。彼女達は画像を見るなり、ひそひそと陰口をたたき出した。
「ごめん。悪かった。すぐ消すよ。」
 女の子に興味があるから、彼らはこういう画像を見たいのだ。だが、画像はあくまでも自分達の満たされぬ欲求を解消するための代理手段。実際の女の子と仲良くできれば、画像なんか目じゃない。特に、絵梨佳はクラスで一番の美少女だから、この程度のことで彼女に嫌わるのだけは絶対に避けたい。彼らはすぐに画像を消そうとした。
「あっ、待って!」
 一人の女子生徒がそれを止めた。
「この制服、もしかして、うちの学校のじゃない?」
 その声に、他の数人の女子生徒が端末の画面をのぞきこむ。
「本当だ。そっくり。もしかして、本当にうちの学校かも?」
「でも、似たような制服の学校もあるし。わかんないよ。」
 男子生徒が弁明する。
「絶対そうよ。だって私、この背景の景色見たことあるから。」
 画面の隅にある女子生徒の後姿が映っている画像の、周囲の景色を見て誰かが言う。
「もし、これが本当にうちの学校だったら、マジで超許せなくない?」
「本当。誰がこれ、撮ったのよ?」
 女子生徒たちが端末の前に座っていた男子生徒をにらみつける。彼が撮影したわけでも、彼がホームページを作ったわけでもないのだが、ただ見ていたというだけであらぬ疑いをかけられてしまった。
「俺は知らねえ…。」
 弁解しようとする彼。だが、それは途中でさえぎられた。
「そこ!何やっているの?早く自分の席に戻りなさい!」
 先生に注意され、みんなは蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻った。

「彩美。ちょっといい?」
 実習の授業の終了後、絵梨佳は村野彩美を呼びとめた。
「なんでしょう?」
 彩美はびくびくしながら立ち止まる。彩美は絵梨佳が人間を小さくする魔法を使える事を知る数少ない人間だ。小さくした人間に対する数々の残酷な仕打ちを目の当たりにしている彩美は、絵梨佳に対して恐怖心を抱いている。
「何でおびえてるのよ。別にいじめたりしないって。お願いがあるのよ。」
 絵梨佳が言う。
「お願い、ですか?」
「そう。」
 絵梨佳はうなずいた。

 先生もコンピュータールームを退出し、残っている生徒もわずかとなった。いつも絵梨佳のとりまきをしている男子生徒にも、「話がある。」と言って廊下に追い出した。ようやく落ち着いて話ができるようになったところで、絵梨佳が話を切り出す。
「彩美、さっき男子が変なエロ画像見てたんだけど、知ってる?」
「いいえ。私はずっと席にいましたから。」
「だめねえ、彩美は。そういうまじめくさったところが嫌われるのよ。それよりさ、さっき見てたホームページを誰が作ったかわからない?あんたならこういうの得意そうだからできるよね。」
「はあ、一応やってみますけど。」
 彩美は、絵梨佳の言うことに従うことにした。
「絵梨佳さん、さっき男子がエッチなホームページ見るのに使っていた端末ってどれですか?」
「あれよ。」
 絵梨佳が一台の端末を指差す。そこは誰も使っていなくてログアウトされた状態になっていた。
「本当はいけないんですけど、過去ログで調べてしまいます。ここを使っていた人って誰です?」
「頼むよ、彩美。ここを使っていたのはね…。」
 絵梨佳の声の調子も小さくなった。

 やがて数分後、彩美が小さくうなずいた。
「絵梨佳さん、わかりました。あのホームページを作ったコンピューターのIPアドレスはですね…。」
「IPアドレス?」
「さっきの授業でやりましたよ。コンピュータには一台一台に番号がついていて、その番号のことを…。」
「そんなことはいいから。」
 彩美の説明を絵梨佳は途中でさえぎった。
「知りたいのは、どこに住んでいる誰が、あのホームページを作ったかなの。パソコンの番号なんて興味ないから。」
「でも、絵梨佳さん。それ以上はわかりませんよ。」
 彩美は首を横に振る。
「わかんなくないでしょ。家からつないでいる以上、電話でプロバイダに接続しているんでしょ。だったら、プロバイダを調べれば、電話の発信源がわかるんじゃない?電話がわかれば、あとは電話帳で住所氏名はすぐだし。」
「違法行為ですよ。プロバイダを勝手に調べるなんて、不正アクセスです。」
「彩美、それが何か問題?別にコンピュータを壊したり、データを書き換えたりするわけじゃないのよ。ちょこっと中身見るだけ。問題ないでしょ。
 それより、あんな写真を載せるプロバイダの方が問題でしょ。犯人を突き止めようとしているだけだから、何が悪いのよ。」
「でも…。」
「じゃあ聞くけど、彩美は勝手に恥ずかしい写真を撮られて、それをホームページに公開されても平気なわけ?」
「それは、平気じゃないですけど。」
「でしょ。犯人が許せないでしょ。だから、私達で捕まえようってわけ。犯人捜査のためなら通信記録を見ることもあるって、さっきの授業でやっていたよね。」
「わかりました。犯人を突き止めます。」
「さすが、彩美。頼りになる〜!いろいろ噂は聞いていたけど、けっこう使えるのね。」
「あのー、断わっておきますけど、今回だけですからね。それと、ホームページの書き換えや、ウイルスで攻撃とかは絶対にしませんからね。」
「いいって、そんなこと。犯人が誰かわかれば、あとはこっそりとお仕置きするだけだから。」
 そう言って絵梨佳は微笑む。

 そして数日後、いつものように声をかけてきた絵梨佳に彩美が答える。
「わかりましたよ。あのホームページを作った人の正体。」
「さすが彩美ね。」
 絵梨佳は彩美に渡されたメモに書かれた男の住所を覗きこむ。
「ふーん。意外と近くじゃない。これじゃあ、あたし達も盗撮されているかもしれないよ。」
「確かにそうですね。」
「じゃあ、犯人がわかったら、こんど注意しに行きましょう。」
 絵梨佳はメモをしまいこんだ

 その日の帰り道。彩美は絵梨佳に呼びとめられた。
「彩美。あのホームページを作った人の家って近いじゃない。今日の帰りに注意しに行こうよ。」
「だめですよ。その人の家に押しかけたら、私たちが不正に情報を引き出したことバレてしまいますよ。」
 彩美が猛然と反対する。
「平気よ。バレても、相手に文句を言わせなければいいのよ。死人に口なし、と言うでしょ。」
「また、やるんですか?そんなことしたら…。」
「気にしない、気にしない。相手は盗撮した犯人よ。いいじゃないの。だいたい、1人踏み潰しちゃえば、あと何人踏み潰そうが同じよ。」
「そうですけど…。」
 過去に小さくされた男を踏み潰した前科のある彩美は、絵梨佳の誘いを断わることができない。
「さあ、行きましょう。」
 絵梨佳に言われるまま、彩美はついて行った。

「あの家ね。」
 住所から推定した男の家の前で、絵梨佳は立ち止まる。
「絵梨佳さん。なんで私と一緒にお仕置きなんですか?いつもの取り巻きの男の子達と来れば良かったんじゃないですか?」
 彩美が言う。
「それがね、こう言う時は男って頼りにならないのよ。『俺だって見たいと思うことあるから、このホームページを作った人をリンチするのは気が引ける。』って。ほんと、バカみたい。やっぱり、こう言うのは私達で解決するのが一番よ!」
「でも、絵梨佳さんが盗撮されたわけではないですよね。」
「何言っているのよ。たまたまあの時あの場所に、あの人が通りかかったから、あの人が被害者になっていただけで、私が通りかかっていたら私の写真がホームページに載っていたのよ。」
「でも、絵梨佳さんの場合、写真撮られても下着は見えないんじゃありませんか。」
「どう言う意味よ、それ?」
「いえ、あの、ほら出てきましたよ。盗撮犯。」
 彩美の視線の先には、盗撮犯の家から、犯人とおぼしき人間が出てきた。だが、犯人の家から出てきただけで、犯人と断定することはできない。そこで、絵梨佳は男を試すことにした。

「すいませーん!」
 絵梨佳は声を上げて、男に近寄る。
「さっきあっちにカメラが落ちていたんですが、お兄さんのじゃないですか?」
「え?そうかい?」
 男は慌てて自分のかばんの中を確認する。かばんの中にカメラがあるのを確認すると、彼は首をふった。
「いやあ、せっかくだけど、僕のじゃないよ。」
「ふーん。ところでお兄さんもいつもカメラ持ち歩いているんですね。」
 こっそりかばんの中を確認したつもりが、しっかりと絵梨佳に見られていたのだ。
「まあね。ちょっと旅行先でよく使うから。」
「そうですか〜。じゃあ、ちょっとあたし達のこと、撮って下さい!」
「ええ!?」
 あまりに大胆な絵梨佳の挑発にうろたえる彼。
「早く撮ってよ〜!」
 絵梨佳は彩美と並んでポーズをとる。標準丈のスカートをはいている彩美と並ぶと、絵梨佳の超ミニ丈のスカートは男心を刺激する。これだけ短いスカートでぎりぎりのポーズをとっているのだから、見ている彼としてはたまったものではない。どうしても視線が太ももの方に行ってしまう。
「ちょっと、お兄さん!変なところ見ていない?」
 絵梨佳の狙い済ましたタイミングでのつっこみに慌てる彼。
「もしかして、変な写真撮ろうとしていない?」
「そんなことないよ。さあ、撮るよ。」
「待って!どうしても気になるって言うんなら、撮ってもいいよ。スカートの中。」
 大胆なことを言って男を挑発する絵梨佳。
「え、本当?」
 思わずその挑発に乗ってしまう男。絵梨佳はさらにたたみかける。
「でも、写真撮る前に本当のこと教えてよ。今までにスカートの中とか写真撮っていたことってあるの?興味があるなら、やった事あるでしょ。」
「そんなことはないよ。」
「ふーん、じゃあ興味ないんだ。ならいいよ。写真撮らせてあげない。女の子の下着に興味があって今までそういう写真を撮ってきたのなら、かわいそうだから、撮らせてあげようかと思ったのに。でも、一度もやったことないのなら興味ないんでしょ。だったらそんな人に写真撮らせる必要ないもんね。」
「ちょっと待ってくれ。実は、…。」
 言いかけて、彼は戸惑う。
「大丈夫。あたしはパンツ見られても怒らないし、誰にも話したりしないよ。見ず知らずの人の写真を勝手に撮るくらいなら、あたしのを合意のもとで撮ったほうがいいかなって。お互いに秘密は守りましょ。」
「わかった。実はこっそりスカートの中を盗撮した事があるんだ。本当は相手の合意を得てから撮りたかったんだけど、僕は彼女がいないから、こっそりやるしかなかったんだ。だけど君みたいに、『撮っていいよ。』って子がいるとすごく助かるよ。もう2度と盗撮はしないから、協力してくれないか。」
 思いきって彼は自分の罪を白状した。やはり絵梨佳の通う中学校の制服を着た、女子生徒のスカートの中を盗撮したのは、彼に間違いないだろう。
「わかったわ。じゃあ、最後に1枚だけね。」
「え、最後?」
「そう。あと1枚だけしかあなたは写真撮れないんだから。」
 絵梨佳はにっこり笑って呪文を唱える。聞きなれない言葉に耳を傾ける彼。絵梨佳の呪文が完成すると、彼は意識を失った。

 再び目が覚めた彼は、自分の目に飛びこんできた景色を見て驚いた。目の前にはなんと自分の数百倍もある巨大な少女が2人そびえ立っている。目の前にある小山のような靴以外は、彼の視界からはみ出していた。
「お兄さん。スカートの中の写真、撮りやすいように小さくしてあげたよ。今なら撮ってもいいよ!」
 声をかけられて男は上を見上げる。声をかけてきたのはミニ丈のスカートをはいている少女の方。標準丈のスカートの子は、彼の位置からではぎりぎりのところで中身が見えない。だが、超がつくほどのミニ丈の彼女なら、彼の位置からでも充分に見えるはずだ。
 彼はカメラを構えて上を見上げる。だが彼は、カメラのファインダー越しに、彼女の巨大な靴底が迫ってくるのを見た。
「!」
 叫ぶ間もなく、彼は巨大な少女の体重を受け、ぺったんこに踏み潰された。

「あれ?」
 再び彼は意識が回復した。全身に激痛が走っているが、まだ生きているようだ。あの状態で踏まれのだから即死は覚悟したが、生きていられた幸運に彼は感謝した。
 傍らを見ると、潰れて粉々に砕け散ったカメラが、紙のように地面に貼り付いている。
「気づいたかしら?」
 絵梨佳が彼に話しかける。
「本当なら横にあるカメラのようになっているはずなんだけど、聞きたい事があるから助けてあげたの。ねえ、あたし達のこの制服に見覚えある?」
 絵梨佳が意地悪な質問をする。知らないはずはない。ホームページに載せたあの写真をはじめ、何度かこの制服を着た少女を盗撮しているのだから。
「あなた、自分のホームページに、うちの学校の女の子の、スカートの中の写真を載せたでしょ。」
 絵梨佳がずばり核心を突く。
「な、なぜそれを…。」
 彼はそう答えるのがやっとだった。
「匿名でホームページを作れば公開しても安全だと思ったら大間違いよ。あたしたちの手にかかればすぐわかるんだからね。覚悟しなさい。」
 絵梨佳が再び彼の頭上に靴を持ち上げる。
「わ、悪かった。た、助けてくれ。踏み潰さないでくれ。」
「悪かったじゃ済まないわよ。あんたのやった事は立派な痴漢行為。先に悪い事をしたのはそっちなんだから、文句を言えないはずよね。」
 靴底がさらに彼に迫る。彼は恐怖のあまり身動きがとれなくなった。
「うふふ。横に落ちているカメラみたいになるといいわ。」
 絵梨佳はまた呪文を唱える。

「ねえ、彩美。」
 絵梨佳が彩美に声をかける。
「彩美にも出番あげる。こいつ踏み潰していいよ。」
「私はいいですよ。踏み潰すよりも、この人にあのホームページを消させた方がいいと思います。」
 これを聞いて、彼はかすかな希望を抱いた。
「そうだよ。ここで俺を踏んだら、もう2度とあのホームページは削除できなくなるよ。でも、俺を助けてくれたらすぐにあのページを削除するよ。」
「バカじゃないの、あんた?」
 そんな彼に絵梨佳は冷たく言い放った。
「あたしたちがどうやってあのホームページからあんたのこと突き止めたと思うの?そこまでできれば、削除するなんて簡単よ。だから、あんたはもう、用済みってわけ。」
「そ、そんな。」
 彼は力なく崩れ落ちた。店で売っているだけのただの下着を見ただけで、その報いが命を奪われることなんてあまりにも不条理だ。彼は、絶望感に打ちひしがれた。
「さ、彩美。不正アクセスしたことを知られたくなければ、こいつを踏み潰しなよ。」
 絵梨佳に言われて、彩美が一歩前に出る。そして、彩美の運動靴が小さな彼に襲いかかる。
  プチッ。
 かすかな音を立てて、彼は彩美の靴底に付着した汚れの一部となった。彩美に踏ませる直前に絵梨佳が別の呪文を唱えていたため、彼は彩美の重さに耐えられなかったのだ。

「これで安心して制服着たまま遊びに出られるわ。」
 絵梨佳が満足そうに言う。
「そうですね。」
 彩美もうなずく。彼女達にとっては、男を小さくして踏み潰す罪悪感より、盗撮されずにすむという安心感の方が大きかったのだ。

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