女の友情

作:大木奈子

 同級生の晶子が帰ろうとするところを、絵梨佳が呼びとめた。
「晶子、今日部活ない日でしょ。帰りにちょっと遊んでいかない?」
「ん、いいよ。」
 晶子がうなずく。
「じゃあ、もう少し待って。もう一人呼ぶから。」

 それから五分後。絵梨佳は彩美をつかまえた。紺野絵梨佳、相原晶子、村野彩美の3人は並んで下校する。普段は別行動の3人。この3人が一緒に帰るのは、おそらくは初めてだろう。
「ねえ、絵梨ちゃん。なんでこの3人なわけ。あんたとあたしは良いとしても、彩美まで一緒というのは、ちょっと…。」
 彩美は女子の中で浮いている存在。彩美を嫌って仲間外れにしている急先鋒が晶子なので、無理もない。
「このメンバーじゃないとだめなのよ。村山先輩の話もしたいし。」
 絵梨佳に言われて、晶子は一瞬硬直する。前に絵梨佳と晶子の2人で村山先輩を懲らしめたことがある。その時晶子は先輩を懲らしめるのに使った男を一人、小さくして踏み潰している。そのことがあって以来、晶子は絵梨佳に弱みを握られて頭が上がらなくなった。
「村山先輩って、あの怖い先輩ですよね。最近おとなしくなったと言われていますが、何かあったのですか?」
 先輩の事を知らない彩美がたずねる。しかし、絵梨佳は質問には答えずに、
「彩美は、バイキンとの問題があるでしょ。彼はどこに行ったのかなあ?」
 バイキンの名前が出た瞬間、彩美の顔が曇った。バイキンとは、元同級生だった男の子のあだ名。いじめられっ子だった彼は、似たような境遇にいる彩美に想いを寄せていた。そして、ある日彼は半ば強引に彩美へ告白させられた。しかし彩美は、いじめがひどくなることを恐れて、彼との交際を断わった。その日を境に彼は行方不明になった。『彩美が冷たくしたから彼が姿をくらました。』と言われるたびに、彩美は心を痛めてきた。
「とにかく話があるからついてきて。」
 絵梨佳に言われて、晶子と彩美は黙ってついて行った。

 3人はデパートの屋上へと上がった。ここは意外と人の出入りが少なく、風も強いのでよほど近くに来ない限り話を聞かれる心配はない。
「まず、真実を話さないとね。」
 絵梨佳は村山先輩を懲らしめた事件について話しはじめた。
 絵梨佳と晶子の2人で先輩を小さくしたこと。通りがかりの男を小さくして先輩を襲わせたこと。そして晶子がその男を踏み潰したことも。
「そんなショックなことがあったから、最近先輩おとなしくなったわけですね。」
 彩美がうなずく。
「でも、その男の人は利用されたあげくに小さくされて、踏み潰されたんじゃかわいそうじゃないですか?それに、見つかったら殺人罪で…。」
「彩美、うるさい!『かわいそう』とか、変にいい子ぶるところがあんたの嫌われる原因だよ。あの時あたしはこうするしかなかったの!あんただって、あたしの立場だったら、同じことしたよ、きっと。」
「はい…。」
 晶子に怒られ、彩美はおとなしくなる。
「晶子の言う通りよ、彩美。バレなければ殺人罪にはならないの。それより、彩美はバイキンにもっとひどいことしたじゃない。今度はその話ね。」
 絵梨佳はバイキン失踪事件について話しだした。
 バイキンに「踏み絵」を使い、彩美にむりやり告白させたこと。彩美がその「踏み絵」を踏みつけたことにより、バイキンがショックを受けたこと。そしていじめの口封じのため小さくされたバイキンが、彩美の靴底に貼りつけられて苦しんだ後に最期を迎えたこと。
 話を聞いているうちに、彩美の顔はショックのあまり青ざめた。
「私ってそんなにひどいことしていたんですか?」
 さすがに彩美はショックを隠しきれない。
「ええ、そうよ。想いを寄せてくれた男の子を踏み潰すなんて、残酷よね。」
 答える絵梨佳の方は冷静だ。
「私、どうしたら良いのでしょうか?真実を伝える方がみんなのためですよね。」
「そんなわけないでしょ。彩美がこの秘密をバラすと、あたしや晶子のしたことまでバレちゃうのよ。あんたはともかく、あたし達はいい高校に行くんだから、こんなことで人生狂わされたくないの。あんただって進学したいんでしょ。だったらバイキンなんかのために、騒ぎ起こしたくないでしょ。わかるよね?」
「はい…。」
 絵梨佳の雰囲気におされ、思わずうなずいてしまう彩美。この弱さが彼女の短所である。
「じゃあ、私はどうすればいいのでしょうか?」
「3人だけの秘密を共有したんだもの。今日から、あたし達の仲間よ。」
「ええ!?ちょっと!」
 晶子が口をはさもうとするが、かまわず絵梨佳は続ける。
「仲間になった以上、もう仲間外れにはしないわ。でもそのかわり、仲間うちの秘密は守ってもらうよ。約束だからね。」
「はい。」
「もし、約束を破ったらどうなるかわかってるよね。」
「はい。」
 彩美はうなずいた。絵梨佳は口には出さないが、秘密を守らなかったらバイキンみたいに小さくされて踏み潰されるのは間違いないだろう。
「わかればいいのよ。じゃあ、せっかく3人で秘密を共有したんだから、この秘密をじっくり見せてあげる。ついて来て。」
 絵梨佳は先頭に立って歩き出した。

「この当たりでいいかな?」
 絵梨佳が立ち止まる。周りには十数人の男子高校生の集団がいるだけで、他には人がいない。
「彼らを注目していて。人間が小さくなるところを見せてあげる。」
 絵梨佳は、そう言うと呪文を唱えはじめた。呪文が完成すると、彼らの姿はかき消された。
「あれ?消えましたよ。」
 彩美は目を丸くする。一度絵梨佳の魔法を見たことのある晶子は平気だが、初めて見た彩美にはすごい衝撃的な光景になったはずだ。
「これが魔法の力。彼らは今、小さくされたの。バイキン君や、先輩と同じでね。で、彩美。あたしのこの秘密、もしも誰かに話したりしたら、あんたもこうなるんだからね。」
「はい。」
 答えた彩美の声は、心なしか震えていた。晶子も不安げに言う。
「何度見てもすごいよね。そのうえ一度にあれだけの人数を小さくできるんだから。で、絵梨ちゃん、どうするの?あいつら。もしかして、踏み潰し?」
「うふふ。どうしようか?元の大きさに戻したら、彼ら、あたし達の秘密をしゃべるよね、きっと。」
 絵梨佳は、暗に踏み潰せと言っているのだ。
「つまり、彼らも踏んじゃえってことね。」
 晶子が言う。しかし、絵梨佳は笑ったままだ。

 3人が会話を続けている間に、数人のOL達が現場に迫っていた。彼女達の通る先には、先ほど小さくされた男子高校生の集団がいる。しかし、彼女達は足下の彼らの気づいていない。
 彼女達の接近に最初に気づいたのは彩美だ。
「絵梨佳さん、小さくされた人達をすぐに助けないと、大変なことになっちゃいますよ。」
「今からじゃ遅いわよ。逃げない方が悪いんだし。それに、あたしが踏まれて痛い思いするわけじゃないから別にかまわないわよ。」
 絵梨佳に見捨てられた彼らの運命は決定した。すぐに一人のOLのハイヒールが彼らを直撃した。数人のこびとが直撃を受けて死亡し、別の数人が体の一部を潰されてその痛みにもがき苦しんだ。しかし彼女は、ちっぽけな彼らを踏み潰したことにさえ気づかず、そのまま歩き去った。

 絵梨佳たちは、残されたこびとに近づく。ハイヒールは彼らの集団の真ん中を直撃したようだ。そのため周りにいて助かったこびとは、呆然と目の前の潰された仲間を眺めていた。
「なんだ。まだ運の良いのがいるじゃない。晶子、元気な奴だけ拾ってよ。」
 絵梨佳の指示を受け、晶子は無傷のこびとを拾い上げる。逃げようとしたこびともいたが、巨大な晶子から逃れられるはずもなく、あっという間に全員捕まり晶子の手のひらに乗せられた。
「全部で10人だよ。」
「よし、じゃあ、その10人で遊びましょう。」
 絵梨佳と晶子が歩き出す。
「待ってください。まだ他にも生きている人がいます。」
 彩美が待ったをかける。
「生きているっていっても、怪我して動けないんでしょ。そんな奴ら役に立たないからいらないよ。放っておきな。」
 絵梨佳は、彼らを見捨てる。
「でも、生きているんですし、このままここに置いたらかわいそうじゃないですか。痛くて苦しんでいるみたいですし。」
「じゃあ、彩美。自分でなんとかしなさいよ。どうせこのままじゃ助からないのよ。拾い上げて苦しみながら死んで行くのを見るより、カラスの餌にでもなったほうが良いんじゃない?」
「あたしは、そんな簡単に見捨てられません。」
「あー、もう、うるさい!」
 口を挟んだのは晶子。
「中途半端に生きているから苦しいんでしょ。だったら、あたしが楽にさせてやるよ。」
 晶子は彼らに近づくと、体の一部を潰されて苦しみもだえているこびと達の上に足を踏み降ろした。その場で足踏みをし、跡形が無くなるまで彼らを踏みにじった。
「これでいいでしょ。ここまできたら、何人こびとを踏み潰すのも同じだから。」
 晶子は靴底についた汚れを気にしながら言う。彩美はあきらめたようにうなずいた。

3人は人目につかない小さな公園へ移動した。
「晶子、まず2人こびとを下に降ろして。」
 絵梨佳に言われるままに晶子は2人のこびとを地面に置いた。
「じゃあ、晶子、彩美。友情のしるしに、彼らを踏み潰して。」
「ええ?」
 彩美が首を横に振る。
「私できません。そんな…。」
「バイキン君は平気で踏み潰したのに、今度はできないの?ふーん。じゃあ、彩美がバイキンを殺したとふれ回っちゃおうかな?せっかくの人生を棒に振るなんてね。」
 絵梨佳に言われ、彩美は震えあがる。
「待って絵梨ちゃん。彩美のことをしゃべると、あたし達のこともバレちゃうよ。だから、友達としての縁を切って、またいじめるのでいいじゃん。」
「なるほど。晶子の言う通りね。彩美、バイキンの代わりにあんたがいじめられっ子になる?かわいそうに、せっかくあたし達と友達になれば、守ってあげたのに。」
「わかりました。」
 彩美は決心してうなずく。
「踏み潰します。」
 彩美は足を持ち上げると、こびとの一人に踏み降ろした。靴底を通して一人の男子高校生が死にゆく様子が感じ取れた。学校では弱い立場の自分が、普通ではかなわない男の人をあの世へと送ったのだ。いじめを避けるためとはいえ、彩美の心境は複雑だった。
「そう、それでいいのよ。これでもう、あんたはあたし達の仲間。こびとを踏み潰すの平気になったでしょ。」
 彩美は唇をかんだまま、黙ってうなずいた。
「あたしも踏めばいいのね。」
 迷うことなく晶子は、もう一人のこびとを踏み潰した。

 残るこびとはあと8人。だが、今までの彼女達のやり取りからして、自分達が助かる見こみはほとんどないだろう。とはいえ、小さくされた彼らは晶子の手のひらから逃げることもできず、ただ恐怖に震えているだけだった。
「じゃあ、また行こうか。今度は2人同時に踏んでよ。」
 晶子が2人のこびとを選んで、地面に降ろす。その瞬間、彼らは全速力で駆け出した。逃げたところで、この大きさでは何もできない。飢え死にするか、虫の餌になるかのどちらかだろう。それでも彼女達に今踏み潰されるよりはすっといい。少しでも長く生き長らえるため、彼らなりの必死の抵抗だった。
 だが、そんな彼らの抵抗も無駄だった。彼らにとっての全速力も、晶子と彩美から見れば虫がゆっくり地面をはっている程度だ。晶子と彩美はあっという間に彼らに追いつくと、
「いくよ。せーの!」
 という合図で同時に彼らを踏み潰した。生への執念を見せた彼らだったが、少女達の靴底でその短い人生を終えた。

 残りは6人。彼らは逃げることもできず、晶子の手のひらで来るべき運命を待ち続けている。
「こんどは2人のこびとを両足で踏み潰すのはどう?」
「あのさ、絵梨ちゃん。思ったんだけど、なんであたし達だけがこいつら踏まなきゃいけないの?3人で仲良く踏むもんじゃない?」
 晶子がふとした疑問を口にする。
「それは無理よ。だってあたしは優しいから、そんな将来ある男の人を踏み潰したりなんてできないわ。」
「ええ!うそ?」
 絵梨佳の口から思わぬ答えが出て、返す言葉をなくす晶子。
「本当よ。今まで自分で踏み潰したことないもの。だって、踏み潰すと血とかで靴の裏が汚れるじゃない。だから、人に踏ませるのはいいけど、自分で踏み潰すのはいや。」
「人に踏ませるって、ひどすぎ。」
 そう言いながら、晶子は靴の裏を確かめている。何人もこびとを踏み潰したため、血痕がこびりつき汚れている。しかし、それはあくまでも靴底だけの話。歩いているうちにきれいになってしまう程度のものだ。
「それにあたしはもう、こびと踏んでいるから。」
 絵梨佳は2人に靴の裏を見せた。そこには体長1cm足らずの虫がへばりついていた。絵梨佳が靴を持ち上げるとその虫は、3次元形状へと復元していく。よく見るとそれは虫ではなく小さな人間だった。
「こいつらは昨日、『一緒に遊びに行かない?』って誘ってきたから、遊んであげているの。しかも、靴が汚れないように、踏まれても平気な体に魔法で変えてあるわ。嬉しいんじゃないかしら、願いがかなったんだから。ねっ!」
 そう。彼らは昨日から今日までずっと絵梨佳の体重を受けつづけてきたのだ。絵梨佳の行くところなら、砂利道でもトイレの床でも何だって体験しなくてはならなかった。
「こういう形でなら踏んでもいいよ。」
 絵梨佳は呪文を唱えて、靴底に付いていた男をはがす。両足の靴底についていたため、男が2人靴底からはがれ落ちた。
「さあ、どうする?たっぷり遊んで幸せだと思うけど、もっと遊んで欲しい?それとも一思いに踏み潰して欲しい?」
 靴底からはがれ落ちたばかりの男に向かって絵梨佳が言う。これは非常に残酷な二者択一だ。だが、彼らは迷うことなく、
「お願いです。踏み潰しでも何でもかまいません。とにかくもう楽にさせて下さい。」
 土下座してまで必死にお願いする。
「彼らの願いをかなえてあげたら、晶子、彩美。次に踏んだら、彼らはめでたく成仏できるわ。」
 晶子と彩美はおそるおそる足をだすと、彼らを踏みつけた。
   プチッ。
 かすかな音を残して彼らは踏み潰され、内臓を飛び散らせた。ようやく彼らは踏まれつづける苦しみから解放された。死という形によって。

「さっきの彼らみたいな方法は、こうするの。」
 絵梨佳は晶子から2人のこびとを受け取ると、地面に置いてから呪文を唱えはじめる。「今の呪文が踏まれても死なない呪文。体がゴム状になって、何度踏まれても元に戻るのよ。」
 小さくされた彼らは、逃げることも忘れて呆然と絵梨佳を見上げていた。踏まれても死なないのなら、助かる可能性は高い。彼らはこれから自分達に降りかかる、死ぬ以上の苦しみを知らず、絵梨佳に選ばれたことを感謝していた。
「じゃあ、みんなで一斉に踏もうか。全部で6人だから一人2匹づつ踏めばいいのよ。ジャンプして両足で踏んでみよう。」
「もう、ここまできたら何だっていいよ。さっさと踏んで終わらせようよ。」
 晶子は残った4人を、自分の足元に2人、彩美の足元に2人置いた。
「じゃあ、いくわよ。」
 絵梨佳の合図で、3人の少女はいっせいに6人のこびとの上にジャンプした。
   プチプチッ!
 晶子と彩美の靴底で、こびとの砕け散る音がかすかに聞こえた。
「あたしの方も、ちゃんと靴についたわ。」
 絵梨佳が靴底についた男子高校生を見せる。
「これで終わりね。さて、帰ろうかな?」
 晶子が帰り支度をはじめる。
「そうね。でも、このことはあたし達3人だけの秘密よ。わかった?」
 絵梨佳が釘を刺す。
「ところで絵梨佳さん。その2人はどうするんですか?」
 彩美が素朴な疑問を口にする。
「ああ、こいつらね。しばらくこのまま使うわ。こびとを貼りつけておくと、靴底が磨り減らなくていいのよ。それに、クッションにもなるから、足も疲れにくいし。まあ、飽きたら捨てるけどね。」
 まるっきり人ごとのような口調で絵梨佳は言う。もはや絵梨佳は靴底の彼らを人間として見てはいなかった。
「さあ、じゃあ帰ろうか。秘密は守ってよ。約束だからね。」
 絵梨佳たちは自分達の行なった残酷な行為より、仲間内の秘密が守られるかどうかの方を気にしていた。晶子と彩美の靴底についた男子高校生の残骸は家に着くまでに消えてなくなるだろうが、彼女達の背負った秘密はいつまでもつづく。

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