ある男の巻き添え

作:大木奈子

 ある日の平和な昼下がり。紺野絵梨佳が友達とおしゃべりをしていると、同じクラスの相原晶子がやってきた。
「絵梨ちゃん、村山先輩が呼んでるよ。」
「え、本当?村山先輩ってあの村山先輩だよね。」
 絵梨佳が聞き返す。
「うん。体育館裏に一人で来いって。」
「ちょっと、絵梨佳ちゃん。それってやばいんじゃない?何されるかわからないよ。」
 今まで絵梨佳と話していた女子生徒が口を挟む。
「大丈夫だって。村山先輩、あたしには優しいから。」
 絵梨佳はそう言ってにっこり笑う。
「絵梨ちゃん、あたしもついて行こうか?」
 晶子が心配して言う。
「じゃあ、お願いしようかな。」
 絵梨佳と晶子の二人は、体育館裏へと向かった。

 二人が体育館裏に着くと、村山先輩は一人で待っていた。
「先輩、何か用ですかぁ?」
 絵梨佳が尋ねる。
「紺野、あんた、1年のくせに生意気なんだよ。」
 村山が攻撃の口火を切る。ちなみに村山は3年生の女子のリーダー格だ。
「だいたい、何?そのスカートの短さは。3年よりも短いじゃない。おまけに部活は気が向いた時しか来ないし。」
「何言ってるんですか、先輩?」
 絵梨佳が負けじと反論する。
「私のスカート丈は、3年の男の先輩に許可をとっていますぅ。先輩にとやかく言われる筋合いないと思うんですけどぉ。」
「知ってるわよ。知っているけど、1年のくせにあたしより目立つのが許せないのよ。おまけにあたしらを飛び越えて、いきなり男の先輩の許可をもらうなんて許せない。」
「いいじゃないですか。どうせ、先輩に頼んでも許可してくれないから、だから男の先輩に頼んだんですぅ。悪いですかぁ?」

「ちょっと、絵梨ちゃん。」
 晶子が青い顔をして絵梨佳を止める。村山先輩の怖さは、晶子の方がよく知っている。彼女を敵に回すということは、学校中の女子の先輩を敵に回すようなものだ。
「謝った方がいいよ。スカート丈も、2年になってから短くすればいいんだし。」
「平気、平気。任せて!」
 絵梨佳は村山先輩の方に向き直る。
「先輩。私に説教することは、男の先輩の決めたことに逆らうことになるんですけど、それでも平気なんですね。」
「うっ。で、でも、それとこれとは別でしょ。先輩として後輩に適切な指導をしているんだから。」
「ふーん。でも、指導するのも気をつけた方がいいですよ、せんぱ〜い…。」
 何を思ったか、突然絵梨佳は呪文を唱えはじめた。
「?」
 村山が気づく前に呪文は完成し、彼女は気を失った。

「あれ?先輩が消えた。」
 間の抜けた晶子の声が体育館裏にこだまする。
「消えてないよ。ほら。」
 絵梨佳は小さくなった村山先輩を摘み上げると、晶子に見せる。ちなみに村山先輩はまだ気を失ったままだ。
「あれ?先輩、小さくなっている。生きているの?え、何で?」
 晶子は混乱している。無理もない。晶子は絵梨佳が魔法を使えることを知らなかったのだから。
「大丈夫。生きてるよ。ただ、小さくなって気を失っただけ。先輩、懲りずに何度もあたしのスカート丈のこと文句言うから、少し脅かそうと思ってね。あたしの魔法で小さくしたのよ。」
「ええ、本当!?なんだか信じられない。」
「信じられなくても、目の前の小さくなった先輩見れば分かるでしょ。」
 絵梨佳は、持ってきた小さな箱の中に村山先輩を入れた。
「先輩、どうなるの?」
 晶子が心配そうに尋ねる。
「あたしは何もしないよ。女には手を上げない趣味なの。それに、あたしがそんなひどいことする人に見える?」
「うーん。」
「大丈夫。ちょっと先輩を脅かすだけだから。」
 絵梨佳はキョロキョロと周囲を見渡す。校庭の外の道をたまたま歩いていた男の姿が、柵越しに目に入った。
「あの人でいいや。サービスしちゃおう。」
 絵梨佳は呪文を唱えると、男を小さくした。

「また、消えた。」
 晶子が目を丸くする。
「小さくなっただけよ。悪いけど晶子、あの男拾ってきてくれる?」
「え?柵を乗り越えるの?あたし、今、スカートだよ。」
「いいじゃない。どうせ下に体育着をはいているんでしょ。」
「分かったよ。仕方ないなあ。」
 柵の高さは約2メートル。晶子は難なく柵を乗り越えた。
「そうそう、踏まないように気をつけてね。ほら、そこ、足下にいるよ。」
 晶子は男を拾い上げた。彼は気を失っているので、動かない。しかし、体は温かく、吐く息が指先をくすぐる。心臓の鼓動が指先の感触を通して感じられた。まるで小さな生き物が指の上で眠っているような感触がした。
「何か不思議…。」
 晶子がつぶやく。
「面白いでしょ。ねえ、そいつ、こっちに持ってきて。」
 絵梨佳に言われて晶子は柵越しに男を手渡した。

「おーい、目覚めろ!」
 絵梨佳が男をゆすって起こす。意識が回復した男は、目の前に迫る巨大な絵梨佳の顔を見て驚いている。
「大丈夫。悪いようにはしないから。うふふ。」
 絵梨佳がかわいい笑みを浮かべる。
「あなたにお願いがあるの。今からあなたに部屋に入ってもらうんだけど、中にいる女の子に好きなように乱暴して欲しいの。」
「ええ?」
 男は訳が分からず聞き返す。自分が小さくされたことさえ彼はまだ理解できていなかった。目の前に何なぜ巨大な少女がいるのかも分からない。その謎の巨大少女から次の指令が来た。しかも、女の子を乱暴しろと。普通だったらそんな事したら警察行きだ。なぜ彼女がそんな命令を下すのかも分からない。困り果てた彼はおそるおそる質問した。
「ちょっと、何の事だか。それに、俺は今どうなっているんだ?」
「別にあなたは今の状況を理解しなくてもいいの。私に従えばそれで充分。いやなら、このまま指で押し潰すけど、どうする?」
「分かりました。やります、やります。部屋の中の女に乱暴すればいいんですね。」
「そう。間違っても同情しちゃダメよ。言われた通りやらなかったら、潰しちゃうからね。」
 絵梨佳に脅され、彼は命惜しさに従う事にした。

 彼は絵梨佳につままれ、村山先輩の入った箱に入れられた。
  ドスン!
 彼は尻餅をついた。床は紙でできているので、さほど衝撃はない。周囲を見渡すと中は薄暗い。それでも目が慣れてくると、少し離れたところに制服姿の少女が倒れているのを見つけた。少女は見るからに不良っぽそうな感じがする。とはいえ、無抵抗な少女に乱暴を働くのは気がひける。男が戸惑っていると、外から絵梨佳の声がした。
「言われた事をちゃんとやるのよ。でないと、どうなるかわかっているでしょうね。」
 声は澄んだきれいな声をしているのだが、その響きにはどこか冷たいものがある。男は覚悟を決めて少女に襲いかかった。

 ドタン!バタン
 箱の中で二人が暴れる音がする。
「絵梨ちゃん、ちょっとやり過ぎなんじゃない?」
 近寄ってきた晶子が心配そうに言う。
「このくらい怖い目に合わせないと、また先輩何か言ってくるよ。やるからには徹底しないと。それに、先輩が危なくなったら、ちゃんと止めるし。」
 絵梨佳はそう言うと、昆虫観察でもするかのように箱の中を覗きこんだ。

 男は、本当は乗り気ではなかった。本来紳士的な彼は、恋愛は二人の合意のもとに進んでいくものと考えていた。そのため途中経過をとばしていきなりやってしまうというのは、彼の信念に反することだった。だが、やらなければ殺されるという気持ちが、彼を強暴な野獣に変えた。
 最初のうちは、少女は抵抗してきた。引っかかれたり、噛みつかれたりして、彼はこの不良少女が憎いと思った。しかし、男と女ではやはり体力差がある。どんなに必死で抵抗しても、やがて少女は力負けするようになった。
 彼女がおとなしくなったのは、彼にとってはチャンスだった。しかし、彼は無抵抗な少女を犯すことはできなかった。
「やめて!助けてください!」
 少女の涙ながらの訴えに、男は手を緩める。本当はさっさと終わらせてしまいたいのだが、少女が泣きながら懇願する姿を見ると、どうしても無理にという気分にはなれなかった。手に残ったひっかき傷を見るたび、この不良少女が憎いと思ったが、それでも彼女の一生に暗い傷を負わせることは彼にはできなかった。
「この、人でなし。良心というものがないの?鬼!悪魔!」
 少女が彼に罵声を浴びせる。根は悪い人ではないので、少女の一言一言が心の中に突き刺さった。
 だが、どんなに仏のような人間でも、ひっきりなしに悪口を言われれば、我慢できなくなることもある。脅されて仕方なくやっているのに、これだけ好き勝手悪口を言われてはたまらない。
 いつまでもこの状態を続けるわけにもいかない。意を決した彼は、少女に襲いかかった。
「すぐ楽にしてやるよ。」
 男は少女を捕まえ、いよいよ本番に入ろうとした。

 その時、強い揺れが部屋を襲い、彼らは壁に叩き付けられて気を失った。

「はい、そこまで。」
 絵梨佳は箱を揺すってから、地面に置いた。そして、箱の中から男だけを取り出す。
「いくら先輩でも、見ず知らずの男にやられるのはかわいそうよね。私って優しいから、助けてあげるね、先輩。」
 絵梨佳は男をコンクリートの地面に置いた。
「悪いけど晶子、この男のこと、あとはあんたに任せるわ。」
「え?あたしに言われても。」
 晶子は戸惑う。
「こいつの罪を裁くだけでいいのよ。強姦未遂。許せると思う?」
「それは、許せないけど。」
 晶子は、絵梨佳が自分に何をやらせたいのかまだ分からなかった。
「いいこと?あなたの返事次第で、あたしはあなたを小さくして踏み潰すこともできるの。先輩の代わりに、こいつと一緒にこの箱に入れてもいいのよ。」
 友達の予想外の言葉に、晶子の顔が青ざめる。
「あたしは、この男が元に戻ってから、誰かにあたし達の秘密をしゃべるのが怖いの。あなたも同罪なんだから、分かるでしょ。あたし達が先輩をひどい目に合わせたと、みんなにこいつが伝えたらどうなるか。あたしだって、こいつとあんたの2人の口を封じるより、こいつ1人だけにしたいわ。」
「つまり、この男の口を封じろってことね。」
 晶子は震える声で言う。友達と思っていた絵梨佳に底知れぬ恐怖を感じていた。
「うふふ。あなたの意志に任せるわ。あたしは友達の意志を大事にしたいもん。優しいから。」
「わかった。踏み潰せばいいんでしょ。」
 晶子はゆっくりと男に近づいた。

 この時男は意識が回復していた。コンクリートの上に置かれた男は、巨大な少女が近づいてくるのに恐怖を感じていた。その殺気から、彼女が自分を踏み潰そうとしていることを彼は本能的に感じ取った。
 『なぜ?』
 それが彼の心境だった。言われた通り、彼は心を鬼にして少女に襲いかかった。それは、強姦未遂という行為で、世間的には許されない事ではある。しかしやらないと殺される、そう脅された彼にとっては緊急避難のための不可抗力になるはずだ。それなのになぜ、踏み殺されなくてはならないのか?何が彼女達にとっては不満なのか?なぜ、彼女達はその不満な点を伝えずに、いきなり踏み潰そうとしているのか?彼にとっては分からないことばかりだった。
 晶子の巨大な上履きの靴底が頭上を覆う。上履きとはいえ、外に出て歩いているのでかなり汚れている。校舎内でこびりついた汚れの上に、さらに外の泥汚れまで加わっている。
「こんな汚い上履きに踏み潰されるなんて、いやだ!」
 彼はそう叫ぶと逃げ出した。だが、時すでに遅し。靴底の凸凹が彼の頭部を押さえつけると、次の瞬間には自分の数百万倍の体重をかけられ、彼は踏み潰された。箱の中で少女を襲おうとして元気になっていた彼の男性器は、死ぬまで元気なままであった。

「これでいいね。」
 上履きの裏についた汚れを気にしながら、晶子が言う。
「さあね。あたしは何も言ってないよ。晶子が自分の意思で、あたし達の秘密を守ったんだから。」
 と絵梨佳。晶子は自分が男を踏み殺したことを二人の連帯責任にしたかったが、それは絵梨佳にやんわりと逃げられた格好になった。このあと晶子はその罪の重さに苦しむことになるだろう。
「それより、村山先輩、助けてあげようか。」
 絵梨佳は村山先輩を箱から取り出す。
「口裏を合わせてよ。人を殺したことを言いふらされたくなければね。」
 絵梨佳に言われて、晶子はうなずいた。

 絵梨佳が呪文を唱えると、先輩は元の大きさに戻った。さすがに乱暴されかかったため、着衣は乱れたままだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
 絵梨佳が大声で叫んで、先輩を揺すって起こす。
「きゃあ!あれ、あたし…。」
 村山先輩はまだ恐怖に震えている。
「先輩、通り掛かりの変な男に襲われたんですよ。私達二人が、必死になってそいつを追っ払ったから、無事だったんです。」
 わざとらしいまでの絵梨佳の作り話だ。しかし、襲われた恐怖とこびとにされたことで記憶が混乱している村山は、それをいとも簡単に信じた。
「ありがとう。助かったわ。」
 村山先輩は涙ながらにお礼を言う。
「何言っているんですか。先輩を尊敬しているから当然のことをしたまでですよ。先輩、スカート丈とか細かいところは大目に見てくれますから、尊敬しています。」
 ここまで恩を着せられては、村山も先輩風を吹かすわけにもいかない。
「先生呼んできましょうか?先輩が襲われたって。」
「待って!」
 駆け出そうとした絵梨佳を村山が止める。
「紺野さん、相原さん、お願い。このことは誰にも言わないで。まだ、心の整理がつかないから。」
「わかりました、先輩。このことは私達3人の秘密にしておきます。」
 絵梨佳が村山先輩を助け起こす。
「それでは、先輩。気をつけてください。」
 絵梨佳は村山先輩にお辞儀をすると、立ち去った。遅れて晶子も一礼をすると、絵梨佳の後に続いた。

「絵梨ちゃん、ここまでやる…?」
 晶子は上履きの靴底についた汚れを気にしながら、非難がましくつぶやいた。だが、絵梨佳はそれを聞こえないふりをした。

 村山先輩を脅かすために利用された一人の男が死んだ。どちらかというと、村山先輩の方が踏み潰されてもいいような状況だった。だが、彼女は女性であるために助けられ、彼は男性であるというただそれだけの理由で悲惨な最後を遂げたのだった。

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