その男は20歳の浪人生。現在二浪中。彼女いない歴20年。趣味はパソコンとインターネット。苦手なことは人と接すること。 女の子とは無縁のような彼だが、そんな彼にもついに春が訪れた。生まれて初めて彼女というものができたのだ。 彼女は7歳年下の中学一年生。ロリコンと言うなかれ。あと10年もすれば30歳と23歳の立派な大人のカップル。他の男を寄せつけず自分だけに目を向けさせたまま成長させれば、結婚も夢ではない。女の子と付き合ったことのない彼は、普通では相手にしないような子ども相手に、真剣な交際を考えていた。 ちなみに彼女の名は紺野絵梨佳と言った。 初めての待ち合わせ。彼は指定の場所でかなり早い時間から待っていた。待ち合わせ時刻を少し過ぎた頃、ようやく絵梨佳が現われた。 かわいい。これが彼の絵梨佳に対する第一印象だった。 彼女は制服姿だった。ただし、そのスカートは異常に短い。女の子と初デートの彼は、悲しいことに脚の方に目が行ってしまう。気づくたびに彼女のかわいい顔に視線を戻すのだが、いつの間にやらまた脚を眺めている。これではまるで、脚ばかり眺めているエロ男である。 初デートなのだから、もっと刺激の少ない服装で来て欲しかったな。彼は内心そう思ったのだった。 たわいのない会話をしながら道を歩いていく。子ども相手とは言え、生まれて初めての女友達に彼はドキドキもので、少しずつ人目のつかない場所に誘導されていることに気がつかなかった。 10分くらい歩いただろうか?気がつくと彼らは両側を樹木に覆われた人目につかない小道を歩いていた。 「さてと、」 彼女が顔を上げ、彼の顔を覗きこむ。 「もう、充分楽しんだでしょ。」 唐突に彼女が言う。 「ええ!?」 彼は面食らった。まだ10分やそこらしか話をしていない。会話の内容も、まだ彼女の名前しか聞いていない。これから趣味など今後につながる話題をしようとしていたのだ。決して『充分』ではない。 「だって、まだ…。」 「あたしはもう話し飽きた。だって、話がつまんないんだもの。」 彼女が笑顔を浮かべる。笑顔で人の心を傷つけるようなことを平気で言うのはなかなかのものだ。 「大体さあ、大人のくせしてあたしみたいな中学生に手を出そうなんてロリコンじゃない?先生言ってたよ。『見知らぬおじさんには注意しなさい。』って。」 なかなか痛いところを突いてくる。人付き合いが苦手な彼は、すぐに良い反論が浮かばない。しかし、このまま黙っていては『13歳に手を出したロリコン』になってしまう。 「違うんだ。」 彼は弁解しようとするが、彼女は反論の隙も与えずにまくし立てる。 「何が違うの?いやらしい顔してあたしの脚ばっかり見ていたくせに。はじめから乱暴しようって人はいないのよ。最初は優しい言葉で誘って、友達でいましょうね、って始まるの。でも自分が優位に立つと急に襲いかかる。許せないと思わない?世間も知らない、体力的にも劣る女の子を傷物にするなんて。」 「だから、僕は違うって。本当に純情な気持ちで。」 「20歳も過ぎて純情なんて信じられると思う?同世代の女にもてないから、あたしみたいな年下の女の子をだまそうとしているんでしょ!」 彼女は言ってはならない言葉、『もてないから』を口にしてしまった。この言葉を言われると、たいていの男は怒る。彼も例外ではなかった。 「ちょっと待て!俺はなあ…。」 「きゃあ、怖い。」 彼の大声に彼女が大げさに震えあがる。このあたりのところはまだまだ子どもだ。これが演技でなければ。 「女の子相手にむきになるなんて最低。この、ロリコン変態男!あんたみたいな人は世の中の害悪なんだから、生きている資格ないわね。」 「なんだと?」 彼は怒った。ここまで言われて彼女の機嫌をとる必要はない。これが20歳過ぎていたら張り手の一発でもかましてやりたいところだが、あいにく相手はまだ子ども。手を出すわけにはいかない。煮え繰りわたるはらわたを必死で抑えて彼は言う。 「わかったよ。もう君には用はない。俺は帰る。さようなら。」 そのまま背を向けて立ち去ろうとした。 「うふふ。帰れると思うの?」 彼女が背中から声をかける。続いて彼女は何やら呪文を唱えはじめる。 「?」 妖しげな呪文に身の危険を感じた彼は駆け出そうとした。だが、一瞬早く彼女の呪文が完成して、彼は気を失った。 目が覚めた時、彼の目の前には巨大な彼女、紺野絵梨佳が立ちはだかっていた。大きさは普通の人のおよそ20倍。身長は30メートル近くありそうだ。 「な、なんでお前、そんなにでかいんだ?」 彼はびっくりして叫ぶ。 「馬鹿ねえ。あたしが大きいんじゃなくて、あんたが小さくなったのよ。この20分の1の大きさ気に入った?」 彼女に言われて、彼は周囲を見渡した。 確かに周囲の石も草もすべて巨大化している。彼が小さくなったのは間違いない。 「なぜ、俺が…。」 彼は混乱していた。人間を小さくできるなんて、彼女は魔女か? 「あんたを社会から抹殺するためよ。」 彼女は冷淡な声で言う。 「ロリコンやストーカー、痴漢といった男は嫌いなの。あたし達女の子にとっては一番の敵だからね。だから、そういった連中を見つけたら抹殺してやることにしたわ。で、今度はあんたの番ってわけ。」 「俺の番?」 「そう。中学生に手を出した罰よ。」 「ふざけるな!」 彼は叫んだ。 「何が抹殺だ!何が手を出した罰だ!お前にそんなことをする権利があるのか?」 彼は彼女の足元に向かって駆け出した。 「俺を元に戻せ!俺はまだ何もしていない。いいか、俺を訴えて見ろ!過剰防衛で逆提訴してやるぞ!」 彼は彼女の巨大な靴に飛びかかろうとした。 しかし、一瞬早く彼女の靴が彼の頭上高く持ちあがる。飛びかかるものを失った彼はその場でうろたえる。が、迷っている暇はない。すぐに彼の頭上を黒い影が覆った。その影は彼女の靴底だった。 「うわあ!」 無我夢中で逃げ出す彼。しかし、小さくなった彼の動きはあまりにも遅すぎた。 「ぎゃあああああ!!」 悲鳴を残して彼の下半身は彼女の靴底に消え去った。 「このまま全身を踏み潰してもいいのよ。」 痛みでうめいている彼の上半身に向かって彼女が言い放つ。 「そ、それだけは…、勘弁、を…。」 下半身を潰された痛みをこらえながら必死に声を出す。 「じゃあ助けてあげるから、おとなしくするのよ。」 彼女はようやく、彼を踏みつけていた足をどかした。彼の下半身は紙のように真っ平らになっていた。 だが不思議なことに、真っ平らになっていた下半身が徐々に3次元形状に回復していく。見る見るうちに腰が膨らみ、太もも、膝、そしてつま先まで元に戻った。彼の体はゴム状になっていたのだ。 自分の体の変化に、わけもわからぬまま呆然とする彼。動けるようになったというのに逃げる事すらせずに、横たわったまま彼女を見上げている。 「ちょっとでも動いたら、また踏み潰すからね。」 彼女はかわいい笑顔で脅しをかけてから話を続ける。 「あんたみたいな性犯罪者はどうせ普通の恋なんてできないんだから、またロリコンに向かうわ。だから、次の被害者が出る前にあなたの犯罪を予防する。つまりあなたにお仕置きをするの。あなたも次の犯罪をしなくてすむんだもの、うれしいでしょ。」 かなり無茶な理屈だが、彼女に逆らうわけにはいかない。彼は黙ってうなずいた。 「前にうちの学校を狙っていたストーカーを退治するのにお仕置きをしたこともあったわ。そいつ、最後は溺れ死んじゃったけどね。あんたはどうやって死にたい?あたしは優しいから、希望の方法で殺してあげる。」 「!」 この一言に彼は背筋が寒くなった。彼女はお仕置きと称して本気で自分を殺すかも知れない。恐怖のあまり彼は何も答えられなかった。 「ふーん。希望がないのならいいわ。あなたが一番好きそうなお仕置きをしてあげるね。」 彼女は彼をつまみ上げた。 20分の1に縮められた彼は、近くの運動公園へと運ばれた。この運動公園の近くには彼女の通う中学校があり、運動部の生徒達がよくここでランニングをしている。 「ファイトォー!ファイトォー!」 あちらこちらから練習をする運動部の集団の声が聞こえてくる。 彼女は公園内のマラソンコースに近づいた。 「この辺でいいかしら。」 彼女は彼をポケットから取り出すと地面に置いた。彼が置かれた場所は、急カーブを抜けてすぐの両側を茂みに囲まれたやや狭くなっている場所だ。勢い良く走ってきたランナーにとって一番足元が見えにくい場所だ。 「ここでお別れよ。」 「え!?」 彼女に言われて彼は聞き返した。 「あなた、中学生くらいの子が好きなんでしょ。ここにいれば好きなだけさわれるよ。いやと言うほどね。飽きるまでさわればもう変な気起こさないでしょ。」 何のことか訳がわからず、ただ突っ立っているだけの彼。その時茂みの向こうから、ドタドタドタ…という大勢の足音が聞こえてきた。 「男子じゃなくて良かったね。女子のテニス部よ。好きなだけ踏んでもらいなさい。」 ここに至って彼はようやく状況を理解した。すなわち、『さわれる』とは靴底と触れること、つまり『踏まれる』ということだ。これこそが彼女の言う『お仕置き』だ。 「助けてくれ!」 とっさに彼は逃げ出した。 「逃げちゃダメ!あなたはここで運を試すの。運が良ければ誰にも踏まれずに助かるわ。」 彼女は逃げようとした彼を踏み潰し、彼は意識を失った。 彼の意識が回復した時、ちょうど最初の子が急カーブを抜けて彼の視界に飛び込んできた。おそらく女子テニス部のキャプテンだろう。ショートカットで日に焼けた気の強そうな顔をしている。 意識は回復したものの、まだ彼の体は動かない。彼は祈るように彼女を見つめた。 彼女の方も前方に落ちている彼の姿をとらえていた。 『何かな?人形みたいだけど。』 彼女が一人で歩いていたのなら、立ち止まって落ちているものの正体を確かめたかもしれない。だが、今は部活のランニング中だ。後ろから来る同級生や後輩たちの手前、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。 彼女は視線を前に向けると、そのまま彼をまたいで走って行った。彼女が通り過ぎた後を、四、五十人の集団が続く。集団の中にいる彼女達は前の人について走るのに精一杯で、全く下を気にしていない。当然彼の姿など目に入るはずはなかった。 『助けてくれ。踏まないでくれ。』 彼は必死で祈った。 だがその直後、巨大な白いテニスシューズが、彼を直撃した。 ベチャッ! 確かに何かを踏んだ感触が伝わったはずである。だが、踏んだ子にしても今はランニング中。この程度のことで立ち止まるわけにはいかず、そのまま走りつづけた。 巨大なテニスシューズが去り、一瞬彼の意識は回復した。だが、あとから巨大な足が遠慮無く襲いかかる。時には上半身のみ、時には右半身のみ、そして時には全身に足が覆い被さって過ぎて行く。つぎつぎに襲いかかるテニスシューズによって、彼の体は真っ平らになった。 真っ平らにされてもまだ足りないと言わんばかりに、巨大な靴底が次々と彼を踏みつけていく。走っている勢いがあるために地面を蹴る力もかかり、彼は潰されたうえに踏み散らされた。徐々に手足が引きちぎられ、ちぎられた手足は靴底に張り付いたまま何回か踏まれたあげく、蹴り散らされてしまった。 テニス部の集団が走り去った後、再び紺野絵梨佳が現われた。直前まで彼がいたその場所には、彼の頭部と胴体が地面に貼りついているだけだった。周囲を見渡すと、彼の右腕らしきものが1mほど先に落ちていて、左脚とおぼしきものが3mほど先に転がっている。いずれの靴底の模様が刻みこまれて地面にへばりついていた。左腕と右脚は見つからないので、もっと遠くまで蹴り飛ばされたか、まだ誰かの靴底にへばりついて踏まれまくっているかのどちらかだろう。 絵梨佳の見ている前で、彼の体が頭部から少しづつ3次元形状に回復していく。 「うぎゃああああ!痛たたたた!」 意識が回復したようで、彼の叫び声が突然聞こえはじめた。 「どう?楽しかったでしょ。」 笑顔を浮かべた絵梨佳が言う。だが激痛に耐えている彼には答える余裕すらない。いまだテニス部の女の子の靴底にくっついて踏まれつづけているであろう左手と右脚の痛みを感じつづけているのだから。 「た、助けてください…。元に戻してください…。」 痛みに耐えながらも彼は必死でうめき声を出す。そのか細い声が絵梨佳に届いた。 「でも、元に戻すとあんた死んじゃうよ。それでもいいの?」 「それでもいいです…。この苦しみから解放されるなら…。」 息も絶え絶えに彼はつぶやいた。 「ふーん。命は大切にするものなのにね。」 彼女はそう言って呪文を唱えはじめた。 彼女の呪文が完成すると、彼の体から一斉に血が噴き出し、内臓が飛び出した。彼の体が一瞬ピクリと動いた後、彼は短く寂しい生涯を終えた。 「踏まれても死なない呪文を解除すると、こうなるわけね。」 彼女は彼の残骸をチラリと見やると、立ち去った。 「ファイトォー!ファイトォー!」 別の運動部の女子生徒の集団がマラソンコースを走って来て、再び彼の残骸の上を通過する。潰れた彼の残骸は女子生徒たちの運動靴よって粉々に踏み散らされたが、彼は今度は痛みに苦しみもだえることはなかった。ズタズタに踏み散らされた彼の残骸は、気づかれることすらなく、彼女達の靴底と周囲のコンクリートを汚した。 集団が走り去った時にはもはや彼の姿形はなく、どす黒いシミだけが残されたのだった。 |